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5 勝負のゆくえ (前)

 翌日。流が宝珠を持つ日である。
「流が出かけたみたいだぜ、さっき母さんがバス停で見たってさ」
 自分の部屋でノートパソコンをいじっている圭一郎に、入ってきた征二郎が声をかける。
「一応、倒す気はあるんだね」
 圭一郎は顔を上げる。パソコンの画面では、インターネットを閲覧するブラウザが開いていた。
「何見てたんだ?」
「県警のサイトに、妖魔の分類と習性があがっててさ」
「どれどれ」
 征二郎も画面をのぞき込む。数日前にバスの中で凛に聞いた妖魔のタイプと、それぞれが出現しやすい場所や時間帯、主な行動パターンなどがまとめられていた。
「へえ、捕食型は夕方の橋や辻に出やすいとか、そんなとこまでわかってるんだ」
 感心したように、征二郎が声を上げる。
 妖魔について人がわかっていることは少ないし、できることはさらに限られている。どこからともなく出現し、しばらくすると姿を消す。伝統的な退魔のわざによってしか退治することはできず、退治されれば塵のように消滅する。獣や人のような形をした黒い影であることが多いが、捕獲もできず、生物なのかどうかもさだかではない。奇妙なことに、一般の人々にも知れ渡るほどに数多く出現しているのは日本だけなのだという。
 幽霊だとか、宇宙やら異次元の生命体だとかいう俗説は後を絶たないが、正体を知る手がかりもつかめていない。はっきりしている事実は、そんな謎の存在が人の社会に実害を及ぼしているということだけである。
「優伯父さんが言ってたけど、妖魔退治したら必ず警察に報告するんだってさ」
 画面をスクロールさせながら、征二郎が思い出したように言う。
「……ああ、そうか」
 圭一郎はうなずいた。
「どした?」
「だからリンリンさん、妖魔のタイプを知らないって怒ったんだな、って思って」
「なるほど」
 その時、机の上に置いてあった携帯電話が鳴った。双子で学校も同じだからという理由で、パソコンも携帯も二人で一台しか持たせてもらえない。そのため、特に携帯には二人の共通の友人や知人ばかりが登録されていた。
 征二郎が手に取り、画面に表示された名を読む。
「リンリンさんだ」
「噂をすれば、だな」
 圭一郎がつぶやく。
「はい、征二郎です。……え、流が? はあ……えーと、ちょっと待ってください」
 征二郎は首をかしげ、携帯を持ったまま凛の言葉を圭一郎に伝える。
「なんか……流に今日誘われたんだと。都合が悪いから断ったら、最近この辺に出る妖魔の特徴を聞かれたけど、何かあったのか、って」
「……なるほどね」
 圭一郎は苦笑した。流と凛は顔見知りではあるが、とりたてて仲がよいというわけではない。流は結構凛を気にしているようなのだが、真剣に妖魔退治をこなす凛の方は、修行もしない流を基本的には相手にしていないのだ。
「リンリンさんに手伝わせたかったんだな」
「そっか。それ、話しちゃっていい?」
「大丈夫だと思う」
 納得した征二郎が、凛に説明する。
「妖魔退治の勝負中なんです、今。俺たちと流で、勝った方が当主になるってことで。流は今日中に退治しなきゃならないことになってて。だからリ……先輩に手伝ってもらいたかったんじゃないかと……え、あ、はい。わかりました、どうも」
 征二郎は携帯を切り、そのままパソコンの画面に目を走らせる。
「なんて?」
 圭一郎が問いかけると、征二郎は画面から目を離さずに答える。
「最近市内に出てる妖魔って、タチが悪い方だから気をつけろ、って」
「タチが悪い?」
「ああ、あった。これらしいぜ」
 征二郎が指してみせたのは、妖魔の分類と説明が記載されたサイトの「傷害型」と書かれた項目の一部だった。
「傷害型、かまいたちタイプ、ってやつなんだってさ」
「どれ」
 圭一郎も画面をのぞき込み、説明を読み上げた。
「『非常にすばやく動き回り、人や動物などに裂傷を負わせます。出現と潜伏を頻繁に繰り返すため、退治しにくい妖魔のひとつとなっています。河原や競技場など、さえぎるもののない広い空間に出現することが多いようです』か……」
「かまいたちって、自然現象じゃなかったっけ? 真空がどうとかいう」
「よく知ってたね」
「バカにしてないか? 俺、一応理系だぜ?」
「理系なら『どうとか』じゃなくてちゃんと説明してもらいたいな」
「う……」
 征二郎は言葉につまる。文系ながら学年トップの圭一郎のつっこみは、時に容赦がない。
 征二郎を沈黙させておいて、圭一郎は自分で説明を加えてみせる。
「つむじ風の中に一時的に真空ができて、そこに触れると切れる、ってことだろ。かまいたちってのはもともと、信州あたりの民話に出てくる妖怪なんだ。まあ確かに大概は自然現象で説明できるけど、妖魔のしわざっていうケースもいくらかある……ってことなんじゃない?」
「なるほどな。そいつがこの辺に出てるのか」
「そういうことだろうね」
「気配、わかるか?」
「うん……」
 圭一郎はわずかに眉を寄せた。
「巳法川(みのりがわ)の……河川敷公園のあたりに、なにかがいるみたいだ。昨日あたりから同じ気配が現れたり消えたりしてるんだけど、それのことなのかな」
 妖魔の気配を感じることなど、珍しくもなんともない。注意を向ければ、どのあたりでどのように移動しているのかもわかる。ただし普段は面倒なので、いちいち注意することはない。
「なあ」
 征二郎がふと思いついたように言う。
「行ってみねえ? 妖魔の様子見にさ」
 わざわざ? と聞き返しかけて止める。征二郎には妖魔の気配がわからない。自分には当たり前のように感じ取れるものが、征二郎には今ひとつぴんと来ていないのだろう。妖魔を見るためには、彼は「わざわざ」行かねばならないのだ。
「そうだね。それに、もしかしたら流の様子もわかるかも知れないし」
 かわりに圭一郎はそう言った。

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