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3 つかめないシッポ(1)

 一日の授業が終わり、図書室などに寄ってから、圭一郎は征二郎とともに学校を後にした。征二郎が授業中に気づいたことを言い出すのを待っていたが、いつまでたっても何も出てこないので、しびれを切らして自分から話を振ることにする。
「さっきの授業中、何もなかったのか?」
「え? 何が?」
 何も気づかなかったようだ。一気に尋ねる気が失せる。
「一応言っとくけど、またおまえのクラスで妖魔の気配がしてた。その様子だと、なにも見てないみたいだけどさ」
「あー、夢なら」
「なんだよ、また寝てたのか」
 圭一郎は、心底あきれた顔になる。
「まあそう言うなよ、午後の安原の現国っていったら、寝ない方がおかしいってなもんだ。それに今回はちゃんと、授業が終わる前に起きたしな」
「妖魔が出る前に起きてくれよ……で、今回も誰も気づかなかったわけ?」
「気づいてたら誰か騒いでるだろ。けど、特に変わった様子はなかったぜ」
「収穫なしってことか」
 圭一郎はため息をついた。
「まったく、なんで妖魔が出る時に限っておまえ、寝てるんだよ」
 思わず険のある口調になる。ただでさえつかめそうでつかめない妖魔の気配にいらいらしている上に、妖魔退治の相棒である弟が頼りないのではたまらない。
「しかたないだろ」
「しかたなくない。おまえが起きてたら、形とか性質とか、もう少しわかったかもしれないのに」
「なんだよそれ」
 言いつのる圭一郎に、征二郎もむっとした表情になる。
「過ぎたことで八つ当たりしてるんじゃねえよ」
「八つ当たり? 僕が言ってるのは当主としての責任感の問題だ」
「俺だって気配がわかれば起きてた。責任感でどうにかできることかよ!」
「やってみないで言うのはっ……」
 ふっと、圭一郎は口論を止めた。怪訝な表情を浮かべる征二郎をよそに、真剣なまなざしで学校の方をあおぎ見る。
「間違いない」
 低くつぶやくと、来た道を引き返して走り出す。征二郎は一瞬ぽかんとしたが、すぐに圭一郎の後を追った。
 数分後、二人は学校に着く。圭一郎が妖魔の気配を感じ取っているのだということを、征二郎も了解していた。圭一郎が学校を目指し続けているということは、今度の気配はまだ消えていないのだろう。
「どこだ?」
 息をととのえながら校舎を見上げる圭一郎に、征二郎が問いかける。
「三階」
「一年の教室か」
 二人はそれ以上何も言わずに再び走り出した。校舎に入り、階段を駆け上がって三階を目指す。
 圭一郎の手には、宝珠がしっかりと握られていた。いつでも剣に変え、征二郎に手渡せる準備はできている。征二郎のほうも、剣を受け取ったらすぐに妖魔に斬りかかる態勢を整えていた。
 が。
 階段を上りきって三階の廊下に足を踏み出した時、圭一郎の足がぴたりと止まる。
「どうした?」
「消えた……」
「なんだって?」
 征二郎が大声を上げた。圭一郎は呆然と、手前の教室に視線を向けている。教室の中からは、がたがたと椅子を引く音が聞こえた。どうやら授業が終わったところらしい。時間が中途半端なところを見ると、一年生の補習授業のようだ。
「一年C組……この教室だったのか?」
 征二郎の問いに、圭一郎はうなずく。
「今までで一番はっきりしてたのに……」
 その時、扉が開いて出てきた人影があった。国語の安原教諭。授業が連続したせいか、いくぶん話し疲れた様子だ。
「安原先生!」
 征二郎が声をかけると、安原は驚いた顔をする。
「どうした宝珠。質問か? 珍しいな」
「そんなんじゃなくて、先生、今の時間、なにか変わったことなかったっすか?」
「変わったこと?」
 安原はしばらく考え込む。
「ちょっと電気が暗かったような気もするけど、特になにもなあ」
「じゃ、いいです。すみません」
 もう尋ねることはないと思い、征二郎はぺこりと頭を下げる。
「あ、そうそう。宝珠、滝に職員室まで来るよう言ってくれないか?」
「滝?」
 あまり話したことのないクラスメイトの名を出され、征二郎は戸惑う。
「ああ。さっきの時間の質問のために資料を作っている。まあ三十枚程度だがな。明日には用意しておくから」
「はあ、わかりました」
 なにが三十枚なんだろう、と思いながら、一応うなずいておく。滝護宏はたしか弓道部の副部長だから、たぶん今頃は校舎の裏手の弓道場にいるだろう。あとでそこに寄って伝えてやればいい。
「征二郎、ちょっと」
 一年C組の教室の中に入っていた圭一郎が顔を出し、手招きする。どこか緊迫した声だ。
「どうかした?」
「あれ、見てみろよ」
 圭一郎は教室の一角を指さす。机のひとつを一年の生徒たちが囲んで口々に声をあげていた。

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