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4 消えやすいにもほどがある(1)

 二日後。
 二人は廊下から一年C組の教室の様子をうかがっていた。廊下に面した窓はすりガラスになっているため、教室の中は見えないが、安原教諭がいつもの退屈な授業をしている声が聞こえる。
「気配は?」
「まだ」
 征二郎が尋ねると、圭一郎は声をひそめて答えた。
 授業中の廊下は、しんと静まり返っていた。本来は二人も授業に出席しなければならないのだが、妖魔退治のために許可を得て公欠扱いにしてもらっている。校内に妖魔が出現し、既に被害者が出ていることから、学校側も退魔の力を持つ二人をあてにしているようだった。
 現在わかっているのは、安原の授業の終わり頃に教室の天井に出現することと、人を眠らせる迷惑型らしいということだけだ。なぜか授業が終わると、妖魔は消えてしまう。そのため、安原の授業を見張って妖魔を出現させ、その上で退治するしかない。下手をすれば第二の被害者が出てしまう、危険な方法だが、他に方法はなかった。
 これまでに問題の妖魔が出現したのは三回だが、二年A組に出現した時と一年C組に出現した時では、どうしたわけか出現する時間が異なっていた。二年A組では二回とも授業が終了する数分前になってやっと出現した上に、目を覚まさなくなるほどの被害は出ていない。一方、一年C組では授業が始まって三十分程度で出現していた。
 征二郎は時計を見る。三時間目が始まってちょうど三十分になるところだった。
(そろそろ来るか)
 征二郎はいつでも圭一郎から剣を受け取れるように身構え、圭一郎の様子をうかがった。圭一郎は宝珠を手に、軽く目を閉じて精神を集中させている。
 不意に、圭一郎が目を見開いた。
「……来た!」
 低くつぶやき、宝珠を握った拳を前に突き出す。光を放った次の瞬間、宝珠は退魔の剣と化す。
「征二郎!」
「任せとけ!」
 征二郎は剣を取って抜き放ち、一年C組の教室の扉を開け放った。ほぼ全員が眠った教室で、黒板に向かった安原のぼそぼそとした声だけが響いていた。
 その上を覆う、黒い影。
 雲のような影が天井にたまり、こぼれ落ちそうになっている。
「そこかっ!」
 叫んだものの、天井には剣が届かないので、空いた机の上に駆け上がる。机の上に立ち、征二郎は剣を構えようとした。
 眠っている生徒たちは、なぜか物音にも征二郎の声にも反応しない。妖魔の影響だろうか。
「……ん? どうした。何やってる?」
 安原が問いかけてきた。
 驚くべきことに、この瞬間まで授業は続いていた。教室に乱入してきた人物がいたというのに、安原はきりのよいところまで話を止められなかったようだ。
 答えず、征二郎は黒い影に向けて剣を突き上げる。
 が、次の瞬間。
 剣が届く前に、影はすっと消え失せた。
「っ!」
 天井を突いた鈍い衝撃に、征二郎は思わず顔をしかめる。
 教室の天井には、もはや何もいない。
「やったか?」
 圭一郎が下から尋ねる声が聞こえる。
「いや、届いてない」
 征二郎は天井をにらみつけたまま、首を振った。

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