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5 机上の勇姿(1)

 月曜日、一時間目終了後の休み時間。
「それじゃ、次の時間、ここに妖魔が出るわけ?」
 堀井が声をひそめて征二郎に聞き返す。さすがにクラスに知れ渡ったら大騒ぎになるだろうという配慮があってのことだ。
「たぶんな」
「なんか気味悪いなあ。って、先週も出てたんだっけ」
 ちょうど一週間前、国語の授業のすぐ後に圭一郎が駆け込んできたことを、堀井は覚えていたらしい。
「まあ、普段より眠くなるだけだと思うぜ。それに、すぐ俺が退治するから問題ないさ」
「でもさ征二郎、おまえどうするわけ? 授業に出るのか?」
「いや、それじゃたぶん起きてらんないから、外で待っとく」
「……なるほどね」
 堀井は苦笑した。
「まあ、寝てなかったら妖魔退治を見物することにするよ。間近で見るチャンスだしな」
「そうしてくれよ。さて、行くか」
 征二郎は立ち上がった。
「あ、先生には何があっても授業をやめないでくれって言ってあるんだけど、やめそうになったらなんか言ってくれない?」
「起きてたらな」
 堀井はひらひらと手を振って見せた。
 教室を出ようとしたところで、ちょうど入ってきた人影とぶつかりそうになる。
 滝護宏だ。
 征二郎はふと思いついて声をかける。
「悪いけど、今日は質問よしてくれよな」
「……」
 護宏は立ち止まり、征二郎の顔を見る。
「……いや、あのさ」
 どうにもやりにくいな、と思いながら、征二郎は説明を加えた。
「次の時間、例のやつ退治するから、先生の話を中断しないでほしいんだ」
「出てくるまで、おまえはどこにいるつもりなんだ?」
 護宏が唐突に質問を投げかける。
「俺?」
 護宏にそんなことを聞かれるとは思っていなかった征二郎は、かなり当惑しながら答えた。
「外で待つつもりだけど……」
「……」
 護宏は無言で向きを変えた。
「たぶん、先週よりも早くに出るだろうな」
 それだけ言い残し、入ってきたばかりの教室から出て行こうとする。
「あ、おい?」
 征二郎が呼び止めたが、護宏は足早に立ち去ってしまった。
「なんだ……?」
 征二郎は首をかしげる。が、チャイムの音に気づき、あわてて廊下に出た。廊下には圭一郎が待ちかまえている。
「なかなか出て来ないから、忘れてるのかと思ったよ」
「んなわけないだろ」
 征二郎は壁にもたれかかって、すっかり静かになった廊下を眺めやる。背中ごしに、退屈な授業のどんよりとした雰囲気が伝わってくるような気がした。
 十分ほど、そうやって待ち続けていただろうか。
「なあ」
 ふと思いついて圭一郎に話しかける。
「なんで安原先生がしゃべると妖魔が来るわけ?」
「なんでだろうね。特定の周波数の音に引き寄せられる妖魔とかいるみたいだけど、先生の声が特殊なわけでもないし……それに」
 圭一郎は言葉をつぐ。
「聞いてると眠くなる授業に、人を眠らせる妖魔が来るなんて、できすぎてないか?」
「そうだなあ」
 征二郎はうなずく。
 完全に解明されているわけではないが、妖魔が出現しやすい条件は少しずつわかってきている。だがそれはほとんどの場合、音や光、空間といった物理的条件だった。「眠くなる授業」などという条件は、二人とも聞いたことがない。
「もしかして、新しいタイプか?」
「それはどうだろう。僕たちだって大して妖魔のことを知ってるわけじゃないんだから」
 圭一郎は慎重に言葉を返す。
 実際、彼らが妖魔について熟知しているとは言い難い。自分たちの学校に現れた妖魔一体を退治するのに、これだけ手こずってしまっている。被害者も出た。眠ったままの一年生は、まだ目を覚ましていない。
 圭一郎の感覚は、市内の離れた場所に出現している何体かの妖魔をとらえている。校内の妖魔を放置しておくわけにもいかないが、これ以上一体の妖魔に手をかけてもいられない。
 今日、なんとしてでも退治する。
 口には出さないが、二人ともそう強く思っていた。

 

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