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第三話 オブジェは校舎を埋め尽くす

3 見回った先には(上)

 試験は行われたが、滞りなくとは言い難かった。ほとんどの教室では、ぎっしりと並んだ妖魔のオブジェに気をとられ、試験に集中できない生徒が続出している。
 だがそんな中、二年A組はいたって平和だった。
「うちのクラスだけみたいだな。こんなに静かだったのは」
 試験が終了した昼休み、緊張の解けた教室で堀井がつぶやく。視線は教卓に向けられていた。その上には、小さな円筒形のオブジェがちょこんと乗っている。二年A組に現れた、唯一の妖魔だ。
「なんであれしか出ないわけ? 征二郎」
「俺に聞かれても」
 征二郎は首を横に振る。圭一郎の方は朝から生徒会室で情報を集めていたようだが、退治が専門の征二郎はほとんど事態を把握していない。せいぜい、クラスごとに違う形のオブジェが出現していることぐらいしかわかっていなかった。
「ないとそれはそれで、ちょっと寂しいかな」
「うん、なんか祭りに乗り遅れた感があるよな」
 征二郎は暢気に答えた。
「おまえがそんなこと言ってていいのか? これから退治するんだろうが」
「……あ、そっか」
「素で忘れてたのかよ、ほら」
 あきれ顔で言いながら、堀井は教室の扉の方を指さす。
 戸口に圭一郎が立っていた。征二郎を手招きし、おもむろに口を開く。
「生徒会室に来てくれ」
「退治、始めるのか?」
「いや、その前に学校中のオブジェの調査をするからさ、手伝ってよ」
 廊下に立ち並ぶオブジェをよけながら、二人は生徒会室に向かった。
「調べてみたら、改造された跡があった」
 生徒会室で二人を出迎えた貴志は、不機嫌きわまりない表情でそう言った。手には朝発見された蚊取り器を持っている。
「妖魔を呼ぼうとしてわざとやったとしか思えん」
「いい迷惑だ」
 圭一郎が明らかにむっとした顔になる。妖魔を呼び寄せられてもっとも迷惑をこうむるのは、妖魔を退治できる自分たちなのだ。
「まったくだ。犯人捜しも進めないとな。とにかく征二郎は、一年の教室と部室の方を見回ってくれ」
 征二郎は貴志に渡されたリストを眺めた。すでに埋まっている欄もある。
「なあ、この『ます』ってなに?」
 記入済の欄に「三年B組:ます多数(四〇〇〜!)」という記述を見つけて、征二郎は尋ねてみる。
「魚の鱒。たぶん、この間の合唱コンクールで三Bが優勝した時の自由曲だよ」
「な、なんでそんなものが……」
「どうも、その場所で一番印象に残っている形になるみたいなんだ」
 圭一郎の説明に、征二郎は「ああ!」と叫ぶ。
「そうか、うちのクラスのあれ、トーテムポールだ。文化祭の飾りの」
 征二郎のクラスでは文化祭のだしものに縁日を選んだのだが、奇をてらって装飾を中南米風にしていた。ひときわ目立っていたのが、扉の前に置かれたトーテムポールだった。教卓に乗っていた小さなオブジェは、思い出してみれば確かにあのトーテムポールに似ている。
「なんか、おもしろいかも知れない」
「いいからさっさと行って来い」
 圭一郎と貴志に半ば追い出されるようにして、征二郎は生徒会室を後にした。

 見回っていくと、クラスごとにさまざまなオブジェに出くわした。理科室には人体模型が大量に転がっていたし、最近全面禁煙になった職員室には巨大なたばこの箱が積まれている。一年の教室ではクラス一の美少女のオブジェが十体ほど立ちならんでいて、当の女子生徒が泣きじゃくっているところをクラスメイトに慰められていた。
「時々シャレになってないのがあるなー」
 のんびりと征二郎はつぶやき、部室棟に向かう。次々に扉を開け、中にいた部員たちにオブジェの様子を尋ねる。一つだけ鍵がかかって開かない扉があったが、誰もいないのだろうと思い、征二郎はそのまま通り過ぎた。
 野球部の扉を開けると、引きつった顔の野球部員と目が合った。
「オブジェの調査してるんですけど、ここ、なんか出てます?」
 征二郎が尋ねると、野球部員はこわばった表情のまま、傍らを指さした。ユニフォーム姿の男子のオブジェが一体、グラブを構えている。
 人の形のオブジェはいくつか見てきたので、征二郎は大して驚くこともなく尋ねた。
「これは?」
「サハラさん。三年前の、あのキャプテン」
 三年前、野球部が奇跡的に県大会を勝ち上がり、創部以来初めて決勝戦にまで進んだことがあった。ところが快進撃を支えた当時のキャプテンが決勝戦の朝、交通事故で死亡してしまった。悲運のキャプテンのためにと、当時のチームは一丸となって決勝戦に臨んだが、健闘むなしく敗退した。以来、彼の悲願を成就することが野球部の目標になっている。
「……」
 既にこの世には存在しない人物を模したオブジェ。
 征二郎の顔も、さすがに引きつる。
「は、はは……野球部にはサハラさん一体、と」
 表に書き込み、征二郎は早々に部室を後にしようとした。
 が。
 野球部員がつんつんと征二郎の背中をつつく。
「ん?」
 振り向いた征二郎に、野球部員は部屋の奥を指さしてみせる。
 「サハラさん」のオブジェがもう一体あった。
「に、二体……ね」
 表を書き直し、征二郎はよろめきながら部室から出て行った。

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