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第五話 妖魔を護る者

3 はじめての捕食型 (上)

 征二郎たちが吉住と話していた公園から黎明館高校の正門までは、歩いて五分とかからない。すぐに二人は、正門の見える通りにまで行き着いた。
 日はだいぶ落ちて、目をこらさなければ顔の見分けがつきにくいほどに薄暗くなってきている。二人が目で妖魔を確認するよりも早くに、悲鳴が耳に入ってきた。部活動が終わって帰ろうとした矢先に妖魔に遭ってしまった生徒たちだろう。
 少し進むと、白っぽい紡錘形の物体が目に入る。大きさは成人男性の背丈ぐらいで、紐のようなものを振り回し、回転しながら少しずつ移動しているようだった。
 宝珠兄弟にとっては、初めて見るタイプである。
 正門脇の明かりに照らされて、生徒たちが物陰に逃げ込んで様子をうかがっているのが見えた。黎明館高校の制服ではない姿も混じっている。通行人か、誰かの帰りを待っていた他校の生徒だろうか。移動の速度があまり速くないのが幸いしたのか、負傷者はいないようだが、身動きが取れなくなっているらしい。
「征二郎!」
「ああ」
 征二郎は左手を圭一郎の方に伸ばす。いつでも剣を受け取れるという合図のつもりだ。圭一郎の手から光が放たれるのが、視野の片隅に見える。
 が。
「気をつけて。小さいけど捕食型だ。触手に捕まると食われるよ」
 二人に追いついてきていた吉住が、紡錘形の回転体を見るなり言う。
(捕食型?)
 二人の表情に緊張が走る。
 人を襲い、取り込んで食らう妖魔。数は少ないが、きわめて危険なタイプで、退魔師が犠牲になったこともあるという。あの紐のようなものが、おそらく触手なのだろう。
「行ける?」
 圭一郎が尋ねてくる。
「行くしかないだろ?」 
 征二郎は妖魔に目を向けたまま、そう答えた。答えながらも目は、妖魔の移動する方向と、触手の届く範囲を見定めている。考えるよりも先に、やらねばならないことがあるのだ。
「そうだな、頼む!」
 圭一郎の声とともに、手に剣がおさまる感触がある。剣を構えて飛び出し、妖魔に駆け寄って剣を振りかざす。
 が、振り下ろした刃は柔らかい感触に阻まれた。妖魔の周囲に巻きついていた数本の触手が素早く動き、剣を受け止めている。とっさに剣を引き、触手の死角を狙って突きを繰り出すが、再び触手に止められた。 紐のような外見とは裏腹にしなやかで動きの速い触手が、刃を巧妙にそらしている。
「くっ」
 触手にからめ取られないように素早く引きながら、征二郎は剣を振るった。だが触手の動きは素早く、刃が本体に届かない。
 考えている暇はない。だが、単純に剣を繰り出しているだけでは、この妖魔は倒せそうになかった。
 宝珠は数分程度しか剣の形を保っていられない。時間切れになれば、再び圭一郎に剣に変えてもらわなければならない。その時に生じる隙は、征二郎にとっても、周囲で見守る生徒たちにとっても、危険きわまりない。
(どうすりゃいいんだ)
 征二郎は焦る。焦りつつ剣を振るう。わずかな隙を求めて。
 今、彼にできるのはそれだけなのだ。

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