ぱちぱちと手を叩く音がする。吉住が満面の笑みをたたえていた。
「すごいすごい。初めて生で見たよ。やっぱり迫力だなあ」
「いやあ、それほどでも」
「こら征二郎、調子に乗り過ぎるんじゃない」
征二郎に釘を刺しながら、圭一郎は首をめぐらして正門の方を見やっている。
「どした?」
「あ、うん」
返事をしつつも、圭一郎の視線はあさってを向いたままだ。征二郎はその行方を追う。夕闇の中に消えていこうとしている二人連れの後ろ姿が見えた。黎明館の男子生徒と慈愛女子の生徒のようである。
「誰?」
「……滝護宏」
「え、あいつ彼女いたの?」
「知るか! そうじゃなくて」
いつものこととはいえ、あまりにも征二郎の言葉に緊張感がないように見えたのだろう。圭一郎は露骨に呆れた表情を見せた。
「今回は何も言ってこなかったからさ」
「ああ、それか」
征二郎のほうは夕方の一件を忘れかけていた。圭一郎と違って気配を感じないためだが、それだけではない。
「でもあいつ、今までだって別に邪魔したりとかしなかったじゃん」
「そうだけど、でも……」
「それよりさ、あの子どもが普通の妖魔じゃなかったんじゃないのか?」
なにやら考え込んだままの圭一郎に、征二郎は思いついたことを言ってみる。
「でも気配は妖魔の……」
「気配とか俺にはわかんないけどさ。しゃべってただろ? あの子ども」
「それが?」
「今まで、言葉の通じる妖魔なんて見たことなかったじゃん」
「そういえば……」
圭一郎は子どもが叫んだことについて、あまり気にとめていなかったらしい。ほかに気にかかることが多すぎて、単純なことなのに見えなくなってしまっていたのだろうか。驚いた表情で、征二郎の言葉を聞いている。
やがて圭一郎は、近くに立ったままの吉住に声をかけた。
「吉住さん、妖魔がしゃべることってあるんですか?」
「え?」
不意に声をかけられ、吉住は驚いたようだったが、すぐに答えてくれる。
「言葉を発する妖魔は、いないわけじゃないよ。ただ、今までのケースはみんな、決まった言葉を繰り返すだけだったね。オウムとか九官鳥みたいに」
「繰り返す……」
二人は子どもが言葉を発した時の状況を思い浮かべた。あの様子はとても、ただ繰り返していたようには見えない。
「聞いたことに答えるとか反論するっていうのは……」
「少なくともデータベースにある範囲では、なかったと思うよ」
「 じゃあ、あれは……」
圭一郎は再び考え込む。
「しゃべる妖魔がいたの?」
「あー、いや、まあ、まだはっきりとは……」
吉住の問いに、圭一郎は言葉を濁す。まだ確証が持てないということなのだろうか。
(うーん)
圭一郎の様子を見ながら、征二郎は首をかしげた。
彼には気配の違いどころか、気配すらわからない。あれこれ考えるのも気を回すのも、あまり好きなほうではない。
圭一郎が今考えていることは、自分のそれとはまったく違っているのだろう。少なくとも圭一郎は、なにかをひどく気にかけていて、でも、まだはっきりと言える状態ではないと思っている。そんなふうに見えた。
だが。
(なにがそんなに気にかかってるんだろう)
気にするほどのことがあるのだろうか。それともそのように思うのは、自分に見えていないことが多いからなのだろうか。
征二郎には、どうしてもそれがわからなかった。
(第五話 終)