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第六話 沙耶

3 退魔の珠

「なんだって?」
 目の前の光景を、圭一郎は信じられない思いで見つめていた。
 征二郎と野兎の間に飛び出し、立ちはだかった滝護宏。その手には、白い宝珠が握られている。
 一瞬前まで、征二郎が構えていた剣。
 護宏が野兎をかばいに来ることは、予想の範囲内だった。だが圭一郎が驚いたのは、そんなことではない。
(剣を受け止めて……宝珠に戻した?) 
 それは宝珠家の血を引く者の、それも限られた者にしかなしえないことだ。
 護宏が、なぜ。
「飛び出すな、危ないじゃないか!」
 征二郎が護宏に食ってかかっている。
「すまない。夢中だったんだ」
 護宏は宝珠を手にしたまま、悠然と答える。
 妖魔の気配を放つ野兎を背にしながら少しも恐れる様子を見せないのは、気配を感じていないせいなのか、それとも、危害を加えられないという確信でもあるのだろうか。
「夢中って……こいつ、おまえのペットか何か?」
「うちは一戸建てだが狭い。このサイズでは無理だな」
「そうだなー。うちでも無理そうだもんな。本家ならなんとか……」
「飼えるわけないだろう」
 圭一郎は二人の会話を乱暴にさえぎる。
「征二郎、もうちょっと緊張感を持てよ。妖魔がすぐそばにいるんだぞ」
 言いながら野兎をきっとにらむ。野兎がおびえたように目をうるませた。
「滝も滝だ。僕たちの邪魔をして妖魔をかばっておいて、なごんだ会話してるんじゃない」
「邪魔をしたかったわけじゃないんだが」
「してるじゃないか。とにかく……」
 その宝珠を返せ、と圭一郎が言いかけた時。
「護宏!」
 声がした方を見ると、慈愛の制服の少女が駆け寄ってくる。護宏の知り合いだろうか。
 圭一郎と征二郎の目が少女の方を向いた時、野兎が跳ねた。二人の視界から外れる方向へ大きく跳躍する。
 一同の視線が追いついた時には、野兎は正門を飛び越えていた。そのままふっと姿が消える。
 妖魔の気配が何かに覆い隠されるように消えたのを、圭一郎は感じた。
(また逃げられたじゃないか)
 圭一郎は無言で、護宏を責めるようににらむ。護宏は表情こそ変えなかったが、小さくため息をついた。
「とりあえず、宝珠返してくれない?」
 圭一郎の要求に、護宏は素直に応じた。手に持っていた宝珠を圭一郎の掌に乗せる。
「なんで君がこれを扱えるんだよ」
 宝珠をしまいながら、圭一郎は低く問う。
「なんのことだ」
「剣を宝珠に戻したじゃないか」
「俺は受け止めようとしただけだ。何が起きたのかは知らない」
「知らないってことはないだろ」
「そう言われても困るが」
 冷ややかな空気が流れる。
「あの……」
 突然、護宏の隣に来ていた少女が口を開いた。
「今の珠、護宏のに似てなかった? それと何か関係あるんじゃないかな」
「えっ」
 護宏の表情が珍しく動いた。意外そうな表情で、少女の顔を見る。
「 おまえのって?」
 すかさず征二郎が尋ねる。
「……これだ」
 少しためらってから護宏が取り出したものを見て、圭一郎と征二郎は少なからず驚く。
「宝珠?」
「いや、違うけど……」
 護宏が小さな守り袋から取り出して見せたのは、白い珠だった。宝珠に似た輝きを持つが、大きさは親指の先ほどしかない。珠の表面には文字のようなものが書かれている。
「これ、どうしたんだ?」
「護宏が生まれた時、手に握ってたんですって」
 護宏のかわりに少女が答えた。
「沙耶!」
 たしなめるように、護宏が少女の名を呼ぶ。
「どういうことだよ?」
 圭一郎は思わず問い詰める口調になる。わずかに困惑した表情ではあったが、護宏はふだんの落ち着いた調子で答えた。
「祖母がそう言っていただけだ。なにかの見まちがいだと思う」
「見まちがい?」
「近くに落ちていたのを、俺が持っていたと思い込んだんだろう。それで持たされている」
「じゃあ、これが何かは?」
「わからない。ただ……」
「ただ?」
「妖魔は、これを嫌うらしい」
「!」
 二人は顔を見合わせた。

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