試合終了のホイッスルが鳴った。
「やった、全国だ!」
すぐ隣で、征二郎が拳を突き上げる。
黎明館高校の男子バスケットボール部が出場した県大会の決勝戦。序盤はまったく得点できなかった黎明館だが、第二ピリオド以降は徐々に得点を重ね、終了間際になんとか逆転することができた。
初の全国大会出場に、観客席は大いに沸いている。
だが圭一郎は、厳しい表情でコートを見つめたままだった。
勝敗はどうでもいい。むろん、自分の学校が全国大会に出場できるのが嬉しくないわけではないが、その前に考えるべきことがある。
この試合で、妖魔を使った不正が行われていた。ゴールに仕掛けられていた妖魔が、黎明館の得点を妨げていた。滝護宏の持つ珠と、彼の周囲に出没する謎の子どもの働きがなければ、恐らく第二ピリオドが終わるまで黎明館は得点できず、全国大会を逃していただろう。
しかも、そのような仕掛けをしたと思われる人物が、征二郎に接触した。あたかも宝珠兄弟をよく知っているかのような口ぶりだったという。
嫌な感じが止まらない。
妖魔を利用して、ふつうの人にはわからない形で不正を行う者がいる。しかも、その人物が自分たちを知っていた。
もしかすると、と、圭一郎は思う。自分たちがこの場にいることは計算されていて、その上であの妖魔が仕掛けられていたのではないだろうか。自分が感知しても、コートの中の見えない妖魔に手を出すことはできないのだと、はじめから見すかされていたのではないか。
(僕たちが手出しできない形で、また何かされるのか?)
プロジェクトは始まったばかり、と、その人物は征二郎に言った。何のプロジェクトなのかはわからないが、妖魔を利用して何かをしでかそうということなのではないだろうか。
(こんなこと、僕たちの守備範囲じゃないぞ)
圭一郎はつぶやいた。どうすればいいのかわからない中、不安だけがつのっていく。
「征二郎」
「ん?」
「携帯貸して」
受け取った携帯電話の登録番号を呼び出し、メールを送信する。
自分たちだけで解決できない問題ならば、助けを求めるしかない。圭一郎の頭に思い浮かんだのは、金剛市警の警察官、入江だった。妖魔に詳しく、警察の状況も把握している。妖魔が操作されている可能性について今朝教えてくたのも入江だ。
「どした?」
「入江さんにこれから会えないか、聞いてみた」
「入江さん? なんで?」
「さっきの件で相談しておこうと思って」
言いながら圭一郎は、征二郎が例によって「さっきの件」が何なのかを聞いてくるのだろうと思い、簡潔ですぐに思い出させることができそうな言葉を探していた。
「あ、そうか」
(え?)
「あの前田って奴、気になるもんな」
案に相違して、征二郎はすぐに何のことかを察したようだった。
圭一郎は、出しかけた言葉のやり場に戸惑う。
「なんでそこで絶句するんだよ」
「いや、いつもおまえ、時間が経つと忘れるから」
「ひっでー。俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、悪かった」
素直に謝る。圭一郎にとって気掛かりなことを征二郎がまったく気にしておらず、あっさりと忘れてしまっていることはよくある。だが今回は違ったらしい。
「俺だって気になってるよ。あんなこと言われたんじゃ」
「そう……だよな」
記憶力の問題というよりはむしろ、気にするかどうかの違いなのだろう。
「とにかく行こう」
圭一郎は立ち上がる。試合が終わり、応援していた同級生たちも少しずつ帰り始めている。席に戻って弓道部員たちと試合を見ていた護宏の姿も、既にない。いつまでも体育館で話し込んでいるわけにはいかないだろう。
体育館の通路に出た時、手に持った携帯電話から振動が伝わってきた。短い振動は、メールの着信を知らせている。
「入江さんから返事だ」
圭一郎は立ち止まってすぐにメッセージを表示させ、目を走らせる。
「詳しく聞きたいから妖魔対策課まで来て欲しい、って」
「これから?」
「当たり前だろ。今からなら三時には着くな」
圭一郎は簡単なメッセージで返信を送り、携帯をしまう。
「けどさあ」
征二郎がふと思いついたように言った。
「なんで入江さんに直接電話しないんだ?」
「出てくれないんだ。苦手なんだって」
「……」
「ほら、行くぞ」
絶句した征二郎を促して。圭一郎は再び歩き出した。
◆
金剛市警は、駅からまっすぐ伸びた大通りに面している。同じ通りをそのまま北へ進めば、やがて黎明館大学に至る。
「あれ? おーい、宝珠くーん」
駅前のバスターミナルを通って大通りに向かっていた二人を、バス停から呼び止める声があった。見ると、大柄な男が手を振っている。妖魔データベースの管理者、吉住だ。
「吉住さん、どうしたんですか?」
「黎明館大学の図書館に、資料をコピーしに行こうと思ってね。君たちは?」
「うちの高校がバスケの県大会に出てたんで、応援してきたんです」
答えながら、圭一郎はふと思いつく。
(吉住さんにも聞いてもらったらいいかも知れない)
「あの、吉住さん、急いでますか?」
「うん?」
吉住は人のよさそうな顔をわずかに傾ける。
「僕たちこれから、警察の妖魔対策課に行くんです。相談したいことがあって。よかったら吉住さんにも聞いてもらえるとありがたいんですけど」
「妖魔関連?」
「はい。ちょっと、僕たちの手にはおえなくて」
「へえ? 珍しいこともあるもんだね」
吉住はしばらく考えていたが、やがて大きくうなずいた。
「よし。僕でよければご一緒するよ」