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11 接触

1 「彼ら」の役割(上)

 金曜日の朝。征二郎は自分の教室に向かっていた。時刻は八時二十分。始業十分前というのは、彼の登校時間としてはかなり早いほうだった。圭一郎が毎朝、しつこいほどに彼をせきたてているのだが、今日はその努力がわりと実ったことになる。
「早いと間がもたないんだけどなー」
 あくびまじりに彼はつぶやく。早くに登校しても、かつてのように部活の朝練があるわけではないと思うと、どうも気が抜ける。
「征二郎」
 不意に背後から声をかけられた。滝護宏の声だと、すぐにわかる。
「あー、おはよ。どーかした?」
 用件もないのに声をかけてくるタイプではない。なんの用だろうと思いつつ、征二郎は振り向く。
 護宏はいつもと変わらぬ表情で立っていた。通学鞄ではなくスポーツバッグを持っているところを見ると、朝練を済ませてきたところのようだ。
「聞きたいことがある」
 護宏は征二郎と並んで廊下を歩きながら切り出した。
「前田浄蓮……という人物を知っているか?」
「じょうれん? 変わった名前だなあ」
 誰それ、と言いかけて、征二郎はふと思い出す。
 県立体育館で会った妖魔を利用しているとおぼしき男は、前田と名乗ってはいなかったか。
「……どんな奴?」
「四十代ぐらいの、中肉中背で自由業風の男だった。おまえたちとの関係を聞かれたんだが」
「もうちょっと詳しく教えてくれない?」
 あの「前田」だという気がしてならない。だが年齢と背格好だけで断定するのは、いくらなんでも早すぎる。そう思って征二郎は尋ねてみた。
「昨日の夕方、いきなり話しかけられた」
「どこで?」
「家の近く、巳法川の橋の上。待ち構えていたような印象を受けた」
「知り合い?」
「初対面だ」
 そもそも知り合いであれば、こんな風に征二郎に尋ねてくるはずがない。圭一郎であれば「そんなわけあるか」と突っ込んでくるところなのだが、護宏はさらりと流す。
「まず、退魔師なのかと言われた。違うと答えたら、ならば宝珠兄弟とはどういう関係か、ときた」
「なんて答えたんだ?」
「学年が同じだけだ、と」
 護宏は淡々と続ける。
「そうしたら、妖魔を操れるのかと聞かれた」
「できんの? おまえ」
「いいや」
 あくまでも生真面目に、護宏は返事をよこす。そして逆に問いかけてきた。
「そもそも妖魔とは操れるものなのか?」
 根本的な問いだ。
「うーん」
 征二郎は頭をかく。
「正確にはその疑いがあるってだけなんだよなあ」
「疑い、とは?」
「この前……あ、おまえもいたじゃん、決勝戦のゴールにいたやつ。あれが自然発生したとは考えにくいだろ?」
「そうだな」
「俺、あの妖魔を仕掛けたっぽい男に会ったんだ」
 県立体育館では、珠を返すとすぐに護宏は元の席に戻ってしまっていた。征二郎が「前田」に会ったことについて護宏に話すのは初めてということになる。
「『仕掛けたっぽい』ということは、確証はないんだな」
「そ。だから警察とかとも協力して情報集めてるところ」
「なるほど。だから妖魔を使役した記録を知りたがっていたわけか」
「あー、うん、そういうこと。でさ」
 征二郎は肝心なことを言っていなかったことに気づき、あわてて付け加えた。
「その男が『前田』って名乗ってたんだ」
 護宏はゆっくりと征二郎の方に顔を向ける 。
「偶然、というわけではなさそうだな」
 征二郎はうなずいた。妖魔を使役することに関心を持つ「前田」という人物が、同じ時期にそう何人も現れるわけはない。同一人物である可能性はきわめて高いように、征二郎には思われた。
 だが「前田」がなぜ護宏を知っていたのか、そして奇妙な質問をしたのかは、彼にはどうしても見当がつかなかった。

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