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11 接触

2 迫り来る灰色の壁(上)

 征二郎は携帯電話が振動したのに気づいた。手に取ってみると、メールが届いている。
「ん? 珍しいな、流か」
 メールには、圭一郎に渡したいものがあるから正門まですぐに来い、といった内容が書かれている。
「なんだろ」
 征二郎は首をひねる。さして交流のない、どちらかと言えば折り合いの悪い従兄の流が、圭一郎になんの用だろう。
 しかも、圭一郎はここにはいない。弓道場に行ってしまったきり、帰って来る様子はなかった。
「しょーがねえな。俺が行ってやるか」
 征二郎は立ち上がった。なにかはわからないが、受け取るだけならば自分で事足りるだろう。流の通う黎明館大学の正門へは、校舎の裏手から大学内を抜けて行けばさほどかからない。圭一郎よりも先に教室に戻って来れば、問題はないだろう。

「って、どこだよ流は」
 黎明館大学の正門前で、征二郎はあたりを見回した。出入りする大学生の中に、流の姿は見当たらない。
 どうせ近所に住んでいるのだから、渡すものがあれば直接家に寄ればいい。それなのにわざわざメールで呼び出すというからには、それだけ急いでいるということなのだろう。
 流が圭一郎に急いで渡さねばならないものがなんなのか、征二郎にはさっぱりわからないが、呼び出した当人が現れないのには腹が立つ。
 征二郎は携帯電話を取り出し、流の番号を呼び出そうとした。
 その時。
「あれ、征二郎くん?」
 顔を上げるとすぐ目の前に、大柄な髭の男が立っている。
「吉住さんじゃん、今日はどうしたんだ?」
「資料のコピーだよ。この間取れなかったからね。征二郎くんは?」
「あー、まあ、従兄に呼び出されたんだけど、なんか来てなくて」
「従兄って、木島さんのところの?」
「きじま……?」
 聞いたことのあるような気もするが、どうしても思い出せない。
「ほら、この間警察署の前で会ったじゃないか。黎明館の経済の先生で、圭一郎くんに本渡していた…… 」
「ああ」
 やっと思い出す。とはいっても顔はもはや定かではなく、化粧が濃かったことぐらいしか覚えていない。
「そういえばゼミがどうのって言ってたっけなー」
 木島の相手は圭一郎に任せていたが、そのくらいの会話の断片は記憶に引っ掛かっている。
「まあ、来てないならいいや」
 もう一度周囲を眺めて流がいないのを確かめてから、征二郎はつぶやく。本当に急を要することならば、また連絡があるだろう。
「そうだ、入江さんから君達に伝言を頼まれてたんだ」
 吉住はポケットから紙片を取り出す。受け取って眺めたところ、紙片にはプリントアウトされた文字がびっしりと連ねられている。なにかのリストのようだ。
「なに、これ?」
「人が操作した可能性のある妖魔のリスト。整理してみたら、いくつかパターンがあることがわかったってさ」
「へえ」
 征二郎はリストを目で追う。妖魔の名称には覚えのあるものもそうでないものもあった。タイプの欄に「出没・徘徊型」と書かれているものがやたらと目につく。
「俺たちが退治したオブジェもあるんだ」
「人為的に呼び出されたものだったからね。だいたいはあれと同じで、出現させる方法がネットで流れたものみたいだよ」
「そうなんだ」
「ただ、いくつか出現条件が不明なものもあってね。そっちは君たちの家の書庫に頼った方がいいかも知れない。……進展あった?」
「ええと」
 征二郎はとっさにどう言ったものか迷う。
 書庫の中の古文書は、二人には読めない。沙耶が見つけてくれるのを待っているところだ。だが沙耶の話をしだすと説明が長くなりそうな気がする。
「まだ……かな?」
 とりあえずそう言っておくことにした。実際、まだ進展らしい進展は見られない。
「そんなに簡単にはいかないか。まあ、なにかわかったら教えてくれよ」
 その時、手に持ったままの携帯が着信を知らせた。画面を見て征二郎は首をかしげる。
「従兄?」
「じゃなくて、クラスの奴」
 征二郎は携帯のボタンを押して耳に当てる。
「あ、堀井? うん俺。急にどうした……え?」
 征二郎がうわずった声をあげた。
「圭一郎が妖魔に襲われて意識不明?」

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