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11 接触

3 新たなかたち(上)

 翌朝。
「……なんだこれ」
 征二郎は校舎の廊下にたたずみ、下から上へ視線を移動させる。
 目の前に灰色の壁が立ち塞がっていた。廊下いっぱいに広がり、先に進むことができない。登校してきた他の生徒たちも、壁を当惑した面持ちで見上げている。
「征二郎、こいつ昨日出てた奴だ」
 すぐ後ろで同じクラスの堀井の声がした。
「じゃあ、圭一郎に怪我させた奴だな?」
「そういうこと。どうする?」
「どうするったって……」
 征二郎は宝珠を取り出して眺める。
「お、今日はおまえが持ってるんだ。じゃあ退治できるな」
 目ざとく見つけた堀井に向かって、征二郎は首を振る。
「無理。助っ人呼ばなきゃ」
「みんな下がれ、壁から離れて、向こうの教室には二階からまわるんだ」
 生徒会長の貴志が生徒たちを誘導している。その横で征二郎は携帯電話を取り出し、はあ、とため息をついた。
(あいつに頼まないといけないのか)
 妙に自信過剰な物言いをする従兄の流に、頼みごとなどしたくない。だが、圭一郎の入院中に妖魔が出現した以上、そうも言っていられない。
「助っ人って?」
 事情を知らない堀井が尋ねてくる。
「従兄を呼んで手伝ってもらう」
 登録されている番号を呼び出し、電話を耳に当てた。
 呼出し音のかわりに、女性の声が聞こえる。
「おかけになった電話は、現在電波の届かないところにいるか、電源が入っていません」
「……使えねえ」
 征二郎はがっくりと肩を落とし、携帯電話を切る。そこに貴志が話しかけてきた。
「征二郎、退治できそうか?」
「悪い、無理っぽい」
「そうか。まあいい。昨夜電話で圭一郎にタイプを聞いたんだが、離れていればそう危険じゃないんだろ? このままにしておいて様子を見よう」
「うん」
 圭一郎の気まめさが、今日は役に立ったらしい。
 堀井に促され、征二郎は壁の向こうの教室に向かうべく階段を上がった。廊下を歩き出そうとして、ふと怪訝な表情になる。
 目の前に壁があった。
「こっちにもかよ?」
 思わず声を上げると、堀井がうんざりした声で応答する。
「オブジェ騒動の巨大版ってやつか?」
「えー、またかよ?」
 オブジェ騒動はオカルト研究会のメンバーによって引き起こされたものだった。この妖魔もだれかが呼び寄せたものなのだろうか。
「なんだ、消えたと思ったら移動したのか?」
 背後から貴志の声がする。ちょうど階段を上がってきたところだ。
「消えたって?」
「ああ。下にはもういない。だが……」
 貴志は妖魔に目を向ける。壁が廊下いっぱいに立ち塞がっている光景は、ついさっきまでの階下とまったく同じだ。
「征二郎、なんで奴は移動したんだ?」
「俺に聞かれても」
 征二郎は困った顔で妖魔を一瞥し、ふと思いついて階下に降りてみる。妖魔が消えたのを確かめるためだった。
 が、階段を降りた征二郎の目の前には、またしても壁の妖魔がいた。
「消えてないじゃん」
「おーい、二階のが消えたけど?」
 征二郎を追って階段を降りてきた堀井が、あっと立ち止まる。
「一階に戻ってる? どうなってるんだ」
 階段を上り下りするたびに壁に邪魔され、教室に行くことができない。征二郎は思わずそんな不満を口にした。
「堀井ー、なんかこいつ、俺の邪魔したいのかな」
「征二郎!」
 貴志の鋭い声とともに、ぐいと腕をつかまれる。
「な、なんだよ」
「おまえ、ちょっと三階に上がれ。堀井も協力頼む。先に二階に行って、廊下の様子を見ていてくれ」
「?」
 貴志の意図はよくわからなかったが、とりあえず指示どおりに階段を上がる。
 三階に上がった征二郎の目の前には、なんとなく予想していた光景があった。
 灰色の壁。
「やっぱりそうだ」
 後から上がってきた貴志が言う。
「やっぱりって?」
「この壁、おまえに反応して動いてるんだよ」
「……」
 征二郎は愕然として壁の妖魔に目をやった。
 堀井がぽんぽんと征二郎の肩を叩く。
「でかいのに懐かれたな。責任持ってちゃんと飼うんだぞ」
「犬拾ったんじゃないっつーの」
 げんなりした顔で、征二郎はつぶやいた。

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