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5 力を合わせて

「これはまた、強い妖魔ねー」
 美鈴凜が驚いたような声を上げる。
「タイプは?」
「傷害型は入ってると思うんですけど」
「ふうん」
 圭一郎の返事のあいまいさに、凛は気づかなかったようだ。圭一郎もどう説明したものか迷ってしまって切り出せない。
「で、手に負えないから私に頼みたいってわけね?」
「ええ」
 圭一郎はうなずく。凜は一人で退治するつもりのようだが、はたして彼女の術が通じる相手なのかはわからない。
「わかったわ。そこで見てなさい」
 凜は退魔の鈴を高くかかげた。圭一郎は宝珠をいつでも剣に変えられるように準備しつつ、注意深く様子を見守る。
「圭一郎君、準備ができたよ」
「お願いします」
 警官の声に、圭一郎は振り向かずに答えた。同時に、あたりにまばゆい光があふれる。建物を取り囲んだ投光器が、窓越しに中を照らし出した。
 建物の中の闇が見る間に払われる。建物の中は広い部屋になっているようだった。部屋の中心に、獣のような影がうずくまっているのが見える。照らしてしまえば、さほど大きくはない。
(複数のタイプの特性を持つ、か)
 鋭い爪で人を襲うのは、圭一郎の知っている範囲ではネコマタタイプだろうか。傷害型に分類されている。だが、単なる傷害型であれば、最初の被害者の姿が見えないのは不自然だ。
(……捕食型、かも)
 ひどく嫌な仮説だった。
 圭一郎は強く宝珠を握りしめる。
(早く退治しないと)
 その時、凜の持つ鈴の音がひときわ高く響き渡った。普通の妖魔ならば、その音色に込められた力によって消え去るはずだ。果たして鈴の音とともに、気配が大きく揺らぎ、弱まるのがわかる。
 が。
(やっぱり弱まっただけ、か)
 圭一郎は建物の中の妖魔から目を離してはいなかった。妖魔はいくぶん縮んだように見えるが、外見はさして変化していない。
「退治できない? どうして?」
 凜が鈴を掲げたまま、驚きの声を上げた。
「普通の妖魔じゃないんです。先輩はここで妖魔を抑えてください」
「あんたたちは?」
「とどめを刺します。……征二郎!」
 圭一郎の手に光が生まれ、剣の形を取る。待機していた征二郎が剣を受け取り、建物へと駆けていく。圭一郎は後を追いながら、弟の背に呼びかけた。
「気をつけろ、弱まってても攻撃してくるかも」
「わかった」
 征二郎は振り向かずに返事だけよこす。
 建物の入口から妖魔の姿が見える。近づけるようになった今、状況は随分と有利になってはいたが、まだ油断してはならない。剣を構えた征二郎と、少し離れて圭一郎が、慎重な足取りで妖魔に近づいていく。
 光に照らされた妖魔を、圭一郎は初めて間近に見た。ライオンほどの大きさの、猫のような黒い影。だが、首から上は猫というよりも大蛇のそれに近い。
(ネコマタタイプと……ウワバミタイプ、か)
 ウワバミタイプの妖魔は大蛇のような姿を持ち、人を丸のみにしてしまう捕食型だ。恐らく、近づく人間を爪で引っかけ、大蛇の口で一呑みにするのだろう。 嫌な予感が的中したわけだ。
「動こうとしてる。気をつけろよ」
 圭一郎は注意をうながした。妖魔が凜の鈴の力に抵抗して動こうとしているのがわかる。いつ鋭い爪が伸びてくるか、事態は予断を許さない。
(リンリンさん、がんばってください!)
 祈るような気持ちで、だが、目はじっと妖魔を見つめている。近づきつつある征二郎にわずかに反応しているようだった。
 大蛇の口がゆっくりと開いていく。大きく開けた口で飲み込もうと狙っているのは、自分か弟か。
 気配の強さが回復しつつあるのがわかる。凛の鈴もそろそろ限界なのだろうか。
(こうなったら……!)
 圭一郎はわざと目立つような動きで妖魔の側面に回り込んだ。妖魔の注意を分散すれば、征二郎が攻撃する隙ができる。
 うずくまった胴体のほうが、わずかに動く。それに伴う気配の変化を、圭一郎は見逃さなかった。
「今だ!」
 鋭く叫ぶと同時に、圭一郎は跳躍する。妖魔の腕が実際の獣では考えられない長さに伸び、床のタイルをえぐった。破片がばらばらとあたりに飛び散る。
 間一髪で逃れた圭一郎は、続く攻撃に備えた体勢をとった。
 妖魔の大蛇の頭が、圭一郎のほうに向く。首が天井に向かって長く伸び、上方から圭一郎に狙いを定めようとしている。
 が、その動きが不意に止まった。
 圭一郎は弟の方を見る。伸びた首めがけて振り下ろされた剣が、宝珠に戻っていくところだった。ほぼ同時に、妖魔は霧と化して少しずつ消えていく。
「やった……」
 思わず圭一郎は、そうつぶやいた。

「結構やるじゃん」
 建物から出てきた二人を迎えたのは、そんな声だった。凜や警官、通行人が集まって見守る中から、そう言って茶髪の青年が出てくる。
「流? なんでここに」
「なんでって、研究室の窓からなんか人が集まってるのが見えたからさあ」
「なんだ、野次馬かよ」
 脱力してつぶやきかけた圭一郎は、そこではっと気づく。
「そうだ、木島さんもそこにいたんだよな?」
「当たり前だろ? 木島研究室なんだから」
「そう……」
 圭一郎は流の指す方向を仰ぎ見る。研究棟の高い建物が、通りの向こうに見えていた。先刻電話をかけてきた木島が、圭一郎たちの状況を把握していた理由がわかった気がする。
「流さあ、人の携帯の番号、あんまり広めないでくれるかな」
「なんだよ?」
「木島さんに教えただろ?」
「いいじゃん別に。迷惑がかかるわけじゃないし」
(それは微妙だ)
 電話番号はともかく、流が木島の指示に従うせいで、確実に自分たちは迷惑をこうむっている。
 が、それを流に言ってもしかたがない気がした。たぶん、本人は気づいていないのだろう。
「ああ、それで木島さんが研究室で待ってるってさ。ちょうど本のお礼に行くところだったんだろ? 早く行ってきたほうがいいと思うね」
 流の言葉に、圭一郎はうなずいた。
「伝言、ご苦労さま」
「うん、じゃ、僕は帰るから。凜ちゃん、送っていくよ」
 思い切り皮肉をこめたつもりだが、流にはさっぱり通じていないようだった。

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