[index][prev][next]

13 封印の数珠 前編

2 最後の封印 (上)

 翌日の昼休み、二年A組の教室。
「まにじゅ?」
 征二郎が聞き返す。
「帰ってから調べたが、こういう字を書くらしい」
 護宏は手元の紙に「摩尼珠」と書いてみせた。
「なんか画数多いな。なんて読むんだ?」
「だから、まにじゅ、だろ? 『摩』が『ま』、『尼』が『に』、『珠』が『じゅ』」
 たまりかねて圭一郎が、護宏の字をひとつひとつ指して説明する。
「あー、『に』なんだ。俺またてっきり『しり』かと……」
「あとで漢字ドリル買ってやるから、話を進めよう」
 圭一郎は疲労を感じつつ言った。
 前田がまたもや護宏に接触してきた。それも今度は積極的に協力を求めてきたという。その目的については護宏は言葉を濁しているが、妖魔を操り、気配を外に出さない結界を作る力を「摩尼珠」というものから得ているらしい。
 それは二人にとっても並々ならぬ重大性を持っていることのように思えた。
「要するに、前田は君にナギたちを操らせて、自分の目的を達成したい、ってことなんだね?」
「そうらしい」
「どうして、そんな話を持ちかけるんだ?」
「どうして、とは?」
「摩尼珠が本当に願いをかなえる珠なら、君に協力を求める必要はないだろう?」
「……そうだな」
 護宏はうなずく。
「前田の様子は、俺がどう答えてもいいと思っているように見えた」
「え?」
 圭一郎は聞き返した。協力を持ちかけておいて、その返事がどうでもいいはずはない。
「どう答えても、というか、断るはずがないという様子だろうか」
 考えながらといった口調で、護宏が答える。
「断らないはずがないと思うんだけどなあ」
(最近おまえ、そういう返し方が好きだよな)
 征二郎の言葉尻をとらえた反応に、圭一郎はなんとなくそう思った。
 護宏が続ける。
「はっきりとはしないが、どうも言い方がいちいち引っ掛かった」
「言い方って?」
「聞いてもいないことをしゃべったり、妙に自信ありげだったり……言葉の端々に、なんだかひどく見下されているような気分になった。まるで、選択の余地を今だけ与えておいてやる、というような」
 護宏はいつものように淡々とした口調だったが、彼なりにかなり不快感を持っていたのではないかと、圭一郎は思った。
「妖魔を合成してみせたのも、協力を持ちかけてきたのも、なにか別の意図があるような気がする 」
「別の意図?」
「気がするだけだ。今のところは」
「確信が持てないってこと?」
「そうだ」
「 様子を見るしかないってことか」
 圭一郎はため息をつく。
 出方をうかがうしかない自分たちに引きかえ、前田は積極的に動き回っているようだ。木島の支援を受けられなくなり、実験室も失った彼だが、さっそくかわりの実験室を手に入れている。しかも、願いがかなうという珠を手に、妖魔をとらえて操り、合成までしてしまう。
(願いがかなう?)
 不意に圭一郎の心になにかが引っ掛かった。
 どこかで最近、そんなフレーズを聞いた覚えがある。
「どした? 圭一郎」
 征二郎が圭一郎の袖をつんつんと引っ張った。
「うん、願いがかなう、って、最近聞いたことがあるような気が」
「あれだろ? 出水さんが言ってた、なくなった仏像」
 珍しく征二郎が即答する。
「!」
 圭一郎も思い出す。那神寺に伝わる記録が「願いのかなう仏像」とともに行方不明になっていると、寺に問い合わせた沙耶が教えてくれた。
「願いのかなう仏像、ってなんだったんだろう」
「沙耶の話では、如意輪観音像らしいが」
「にょいりん……?」
 圭一郎は最近買ったばかりの電子辞書を取り出し「にょいりんかんのん」と入力してみた。すぐに検索結果が表れる。
「えーと、『七観音の一。如意宝珠と宝輪とを持って衆生の願いをかなえる』か」
「宝珠?」
 征二郎が聞き返す。
「べつにうちとは関係ないだろ。価値がある珠の一般名称なんだし」
 そう言いながら圭一郎は、今度は「にょいほうじゅ」と入力してみた。
「!」
「どした?」
 画面に釘づけになった圭一郎に、征二郎が不思議そうに声をかけてくる。
「これ、見ろよ」
 圭一郎は画面を征二郎と護宏に向ける。征二郎が説明文を読み上げた。
「ええと? 『すべての物事を思うとおりにかなえてくれるという珠。摩尼(マニ)。摩尼宝珠』ってこれ……」
 三人は顔を見合わせる。「摩尼宝珠」が「摩尼珠」であることは容易に察しがついた。
「前田は如意宝珠を持っていた、ってことだね」
「じゃあ、那神寺の仏像が持ってた如意宝珠を奴が手に入れて使ってるってことか?」
 征二郎がそう結論づけたいのもわかるが、圭一郎は慎重だった。
「さすがにそこまではわからないだろ。だいたい、仏像が持ってるのが本物の如意宝珠なわけないじゃん」
 仏像はあくまで像だ。願いがかなうという言い伝えがあるにせよ、願いが簡単にかなってしまう道具がそのあたりの寺にふつうに存在しているとは、圭一郎にはどうしても思えない。そんなものが何百年も伝わって来ているのなら、もっと多くの人々がもっと多くの願いをかなえてきたはずだ。
「その『摩尼珠』のことなんだが」
 護宏がやんわりと口を挟む。
「見た時に思い浮かんだ言葉がある」
「例の『過剰な記憶』?」
 圭一郎が聞き返すと、護宏はうなずき、持ち歩いている守り袋から文字の刻まれた小さな珠を取り出した。
「あれは、これと同じ『封印の数珠』なんだ、と」

[index][prev][next]