翌日、学校からの帰り道。
「あーもう、我慢できない!」
不意に足を止め、圭一郎は叫んだ。
四六時中ついてくる妖魔の気配。学校でも登下校時にもつきまとう。夜自宅で眠っている時でさえ、家の前あたりからひたひたと気配が感じられ、気になってしかたがなかった。
今も数メートル離れた電柱の陰で、黒い影がこちらをうかがっている。
「圭一郎、珍しく切れてんのな」
気配のわからない征二郎は、圭一郎の剣幕に少し驚いたようだった。
「これが切れずにいられるか。何日も何日も近くをうろうろと」
自分でも随分我慢してきたと思う。だが、近くにずっと気配を感じるのになにも仕掛けてこないままという状態は、思ったよりストレスになる。そろそろ我慢も限界だ。
「でも、どうすんのさ」
「あれ、おまえにはちょっと反応が鈍いみたいなんだ」
つきまとわれつつも圭一郎は、注意深く妖魔の消え方を観察していた。征二郎が二メートルほどの距離まで近づくと、妖魔の姿は消える。だが圭一郎が妖魔の方を向いて立つと、それだけで消えてしまうのだ。
「だからおまえがぎりぎりまで近寄って、僕が剣を投げる。受け取ったら急いで斬るんだ」
「なるほど」
征二郎はうなずいた。
「じゃ、さっそく行くぜ」
征二郎はゆっくりと妖魔の方に向きを変える。
圭一郎は宝珠を手に、妖魔の気配と征二郎の足音に神経を集中させた。
征二郎がじりじりと近づくが、妖魔は電柱の陰にはりついたままだった。
圭一郎の手に輝きが生まれ、宝珠の剣が誕生する。
(よし、いいぞ)
背後の気配で感じ取る限りでは、妖魔が消える様子は今のところ見られない。
「征二郎っ!」
呼びかけと同時に、圭一郎は剣を後ろに投げ上げた。剣は弧を描いて飛び、征二郎の手におさまる――。
はずだった。
「な、なんだよ?」
征二郎の慌てた声とほぼ同時に、妖魔の気配が動いた。振り向いた圭一郎の目に、黒い猿のような妖魔の影が映る。
妖魔は消えなかった。消えるどころか大きく跳躍して征二郎を飛び越え、空中の剣をつかむ。
「ばかな?」
二人の目の前で、妖魔は剣を持ったままふたたび跳んだ。そのままあっという間に通りの彼方へ走り去っていく。
二人は妖魔を追って走りだした。
なにが起こったのか、考えている暇はなかった。とにかく妖魔から宝珠を取り戻さなければならない。
全速力で走っても、妖魔との差は詰められず、かえって妖魔は遠ざかっていき、すぐに見えなくなった。
圭一郎は荒い息をつき、立ち止まる。
(大丈夫だ、気配がしてる)
走るのをやめても、圭一郎は気配の行方を追っていた。距離と方角から考えて、川に沿って北上しているのがわかる。
「おい、もうばてたのかよ?」
少し先まで妖魔を追っていった征二郎が戻ってくる。
「そうじゃない。気配でわかるよ。こっちだ」
圭一郎は歩き出した。通りをまっすぐに進み、川につきあたったところで川に沿って北上する。
「今どのへん?」
「このまままっすぐ行ったところ。河川敷公園の向こうあたりを動いてる」
「消えてはないんだな?」
「物を持った状態の妖魔はふつう消えないから」
「どこに向かってるんだ?」
「さあ」
足早に歩みを進めながら、圭一郎は答える。
「追いつけば取り戻せる。どこだろうと行くだけだよ」
少し歩いたところで、圭一郎はあっと声を上げた。
「どうした?」
「止まったみたいだ。川からはあんまり離れて……えっ?」
圭一郎は息を呑み、思わず立ち止まった。
「今度はなんだよ?」
「気配が……消えた」
(第十三話 終)