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13 封印の数珠 後編

1 消えた宝珠

「そんな……」
 圭一郎は茫然と立ち尽くす。
 平安時代から代々伝えられてきた、家宝の宝珠。彼らの姓の由来ともなった退魔の珠が、こともあろうに妖魔に奪われるとは。
 姿が見えていなくても、気配さえたどれれば妖魔にたどり着くことができるはずだった。だが、一度消えてしまっては追跡しようがない。たとえ再び出現しても、それが同じ妖魔の気配かどうかはわからないのだ。
「どうしよう……」
 足元がすうっと沈んでいくような気がした。
 退魔の宝珠がなければ、妖魔を退治することはできない。ただでさえ妖魔が増えつつある昨今、まして妖魔を合成して操るわざを持った前田がなにかをたくらんで活動を続けている今、妖魔を退治する力を失うわけにはいかない。だが、宝珠が妖魔によって遠く持ち去られてしまったことは事実だ。
 予想だにしなかった事件に、圭一郎はなすすべがない。
「なにやってんだよ、圭一郎!」
 征二郎の声。
「追いかけないのか?」
「だめだ……気配が消えたら、もうどこに行ったのかわからない」
 力なく、圭一郎は答える。
 突然ぐいと腕をつかまれた。
「ほら、急ぐぜ」
 征二郎はそのまま、圭一郎を引っ張って川上を目指す。引きずられた圭一郎は思わず悲鳴を上げた。
「い、痛いってば」
「じゃあ自分で歩けよ。こんなところで立ち止まってたまるか」
 征二郎は足を止めずに続ける。
「気配が消えたんなら、消えたところに行けばなにか手掛かりがあるかも知れないだろ? ここで止まってもなんにもならないだろうが」
「……それはそうだけど、でも」
「なにあきらめてるんだ。取り返したくないのかよ?」
「そんなことは……」
「あーっもう!」
 征二郎は圭一郎の腕を乱暴に離し、圭一郎の真正面に立つ。
「でもとかだめとか言ってる間に、少しは考えろよ! なんであんな妖魔が来たのかとかなんで俺たちを狙ったのかとか、いくらでもあるだろ? おまえがそういうこと考えなかったら、だれが考えるんだよ?」
「……」
 圭一郎は呆気に取られて征二郎を見る。この弟に「考えろ」と言われるとは思ってもみなかった。
 だが、一理ある。
「……わかった」
 毒気を抜かれたかのようにおとなしく答えた圭一郎に、征二郎は満面の笑みを見せる。
「じゃ、急ぐぜ。こっちでいいんだよな?」
「うん」
 征二郎は足早に歩き出した。圭一郎も後に続く。
 川に沿ってサイクリングロードを歩きながら、圭一郎は征二郎に言われたことについて懸命に頭をめぐらしていた。
(たしかに、僕たちを何日も狙って宝珠を奪い取るなんて、普通の妖魔じゃない)
 そもそもストーカータイプであれば、所持品を奪うことはない。人からものを奪う略取型や強奪型の妖魔であれば、狙いはあくまで物であり、特定の人に執着することはないはずだ。
(複数のタイプ……合成された妖魔、だろうか)
 それが可能な人物は、彼が知る限りでは少なくとも一人いる。しかもその人物は圭一郎たちを邪魔に思っているのだ。
(ならばこれも前田が?)
 そうだとしても、前田がなんのために宝珠を奪ったのかはわからない。宝珠が彼になにかをもたらすというのだろうか。
(この先には、もしかすると前田がいるのかも知れない)
 宝珠なしで、妖魔を操る者と対峙するのは危険だ。だが、宝珠を取り戻すためには行かなければならない。
 二人はさらに足を速め、夕闇迫る巳法川を上流へと向かって行った。

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