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15 神坐ます場所

1 「呪」の秘密(上)

 放課後、廊下を歩いていた圭一郎は、職員室から出てきたばかりの護宏と行き会った。護宏が手にしている分厚い紙の束に、圭一郎は目を止める。
「例のやつ?」
 国語の安原教諭に質問したことがきっかけで、護宏が定期的に手渡されるようになった論文。渡されるごとに枚数が増えているらしい。
「百枚だそうだ」
 護宏はそれだけ言って去って行く。
「ついに大台に乗ったな」
 圭一郎はその後ろ姿を見送りつつつぶやいた。

「百枚? あれまだ続いてたのかよ?」
 本家の門前で、征二郎が笑いをこらえつつ言った。
「順調に増えてるみたいだね。合計でどれぐらいになるんだろう」
 答えつつ圭一郎は軽く手を上げる。出水沙耶がこちらへやって来るのが見えた。護宏は部活があるので、今日は沙耶一人である。
 沙耶はにっこりと微笑み、二人の前まで来ると頭を下げた。
「わざわざ、すみません」
「気にしないでよ。僕たちもいろいろ調べてもらってるしさ」
 圭一郎は書庫の鍵を取り出し、歩き出す。背後から征二郎と沙耶の会話が聞こえてきた。
「護宏が国語の先生にもらってる論文、知ってる?」
「え? ええ」
「今日百枚もらってたってさ」
「……!」
 沙耶は一瞬息を呑む。
「じゃあ、合計で千枚越えましたね」
「マジかよ?」
「あ、でも書き直しもあるみたい」
(出水さん、そんなとこまで?)
 累計もさることながら、沙耶がそこまで把握していることに圭一郎は驚く。それだけ護宏が沙耶によく話しているということなのだろうか。
「護宏、あれ全部読んでるの?」
「いえ、ちょっと目を通すぐらいで……それ以上はさすがに無理だって」
「へえ、あいつも困ってるんだ」
 護宏の意外な側面を思い浮かべたのか、征二郎が笑う。
「おまえが読めばいいじゃん。原因はおまえだろ?」
 圭一郎は振り返って口を挟んでみる。
 護宏が安原教諭から論文を押しつけられるようになったのは、授業中に質問をしたせいだ。だがそれは、授業を中断させて征二郎を起こし、出現していた妖魔に気づかせるための手段だった。
「えー、ちょっとやだ」
「ま、そうだよな」
 読めとは言ったものの、それが征二郎に対して無茶な要求だということは圭一郎にもわかっていた。恐らく自分がそう言われても同じ反応をしただろう。
 ならば護宏は?
 圭一郎はふと思いついて、沙耶に尋ねてみる。
「なんであいつ、断らないの?」
 いくら教師の頼みとはいえ、大量の論文、それも書き直しを含むような未完成品を押しつけられる道理はないはずだ。読み切れないのならば断ってもいいように思える。
「護宏が言ってたんですけど、その先生、読む人がいることで書く気力が出るらしいんです。だれも読んでくれないと思うとキーボードを叩く気にならないそうで。だから受け取るだけでも少しは役に立つだろうって」
「へえ……」
 結構気を遣う奴なんだなと、少し意外に思いながら、圭一郎は書庫の鍵を開ける。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 沙耶は頭を下げ、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば那神寺に行って、昔の記録を見せてもらったんです。お借りした文献を戻してからお話ししていいですか?」
「うん、ありがとう」
 圭一郎は礼を言って扉を開く。
「話って外で? 寒いよ。中じゃだめ?」
 征二郎が北風に身をすくめながら言った。今日は風がやけに強い。
「書庫の中は狭いし火気厳禁だし、場所移した方がいいだろうね」
 圭一郎はちらりと書庫の中をのぞいて答えた。薄暗い蔵の中、沙耶がオフホワイトのコートを着たまま文献を手にとっているのが見える。暖房のない書庫の中は、外とほとんど変わらぬ寒さのようだった。
「道場の和室でも借りようか。一応ヒーターあるし。僕は伯母さんに話してくるから、征二郎は出水さんを道場まで連れて来て」
 圭一郎は征二郎にそう指示して書庫の鍵を渡した。

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