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17 くらげなす妖魔漂う町

4 ただよう妖魔

 喫茶店を出てすぐ、凜ははっと振り返る。
 後ろから妖魔の気配が感じられた。喫茶店の向こう、西金剛駅の周辺に、強いものではないが広範囲にわたってぽつぽつと妖魔が出現したのがわかる。
 凜は向きを変えた。考えるまでもなく、足が妖魔の方を向く。気配を感じたらすぐに退治に向かう――退魔師としての習慣だ。
「変ね。妙に多い……」
 妖魔の増え方にただならぬものを感じつつ、商店街を抜け、西金剛駅に通じる大通りに出る。
 駅の方を見やって、凜は思わず立ち止まった。
「な、なにこれ……?」

「うわっ?」
 圭一郎は思わず声を上げた。
「どうした?」
「大丈夫かい?」
 征二郎と吉住が同時に尋ねる。
「妖魔の気配……あっちの方、結構遠くなんだけど、すごい勢いで増えだした」
「すごい勢い?」
「うん。なんか、オブジェの時みたい。っていうか、たぶんこれはオブジェだ」
 最初こそ慌てた声を出してしまったが、オブジェ騒動の時と同じ増え方のパターンだと気づき、少しだけ落ち着く。
「オブジェってことは、だれかが仕掛けたのか? 試験前なのを考えろよ」
 征二郎が不平をこぼしつつ立ち上がる。
「吉住さん、すみません。そういうことで」
 圭一郎も立ち上がった。
「場所はわかるの?」
「それは……でも方向はわかるし、近づけばはっきりするんじゃないかと」
「僕も行っていいかい?」
「あ、はい、もちろん」
 正門を出たところで、圭一郎は南西の方角を見やる。
(駅の方……もうちょっと西か?)
 そうこうしている間にも妖魔の気配は増え続けている。バスで駅に向かってから妖魔を探すまでの間にどれだけ増えるのか、圭一郎はあえて想像するのを避けていた。
「あ、ちょっとごめん」
 バス停で吉住がポケットから携帯電話を取り出した。
「はい、吉住です……ああ、入江さんですか」
「!」
 圭一郎と征二郎は顔を見合わせた。
「あの入江さんかな」
「電話かけたりできるのか?」
「でも吉住さんとは結構気が合ってたっぽいし」
 ひそひそとささやき合う。極端に内向的で、電話での会話が苦手な警察官・入江が、電話をかけることなどできるのだろうか。
  二人は吉住の声に耳をそばだてた。
「ちょうどよかった、今圭一郎君と征二郎君と向かうところだったんです。……ああ、やっぱり大騒ぎになってますか」
(ほんとに入江さんだー!)
 軽い衝撃を覚えている圭一郎に、携帯電話を持ったまま吉住が声をかける。
「妖魔の発生場所を教えてもらったよ。西金剛駅の周辺だって」
 吉住はそれだけ伝えて入江との会話に戻る。
 西金剛駅を通るバスの時刻表を調べる圭一郎の耳に、吉住の声が聞こえていた。
「圭一郎君によれば、妖魔はオブジェタイプのようですよ。アレが試せるんじゃないですか?」
(アレ?)
 音波を検知して発信源をつきとめる、開発中のシステムとかいうやつだろうか。
 妖魔のとめどない増加が止まってくれればありがたいが、出現してしまったものについては自分たちがなんとかしなければならない。
(征二郎だけに任せるのも悪いよな)
 宝珠を剣に変えてしまえば、あとは征二郎が剣を振るうだけだ。圭一郎の出る幕はない。一度に斬ることのできる数はたかが知れているから、どうしても時間のかかる作業になる。オブジェ騒動の時にもすべてのオブジェを消すのに一時間 かかった。
 試験前、追い込みに賭ける征二郎に、その時間は大きかろう。
(真言が使えればいいんだけど)
 圭一郎は思う。が、征二郎が先日真言を使った時には、妖魔は吹き飛ばされただけだった。退治する効果があるのかは、試してみないとわからない。
(とにかく試してみよう。征二郎の負担を軽くするためにも)
 西金剛駅行きのバスに乗り込みながら、圭一郎はそう思った。

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