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18 不可視の妖魔

4 コラボレーション

 三十分後、タチバナ自動車金剛工場近く。
「やあ、よく来てくれたね」
 テレビ局のロケバスの前で、吉住が二人を迎えた。
「リ……美鈴さんは?」
「あっち」
 苦笑まじりに吉住がバスの中を指さす。のぞいてみると後部座席に座った凜が、小型テレビの画面を見て号泣していた。
「……」
 征二郎と圭一郎は顔を見合わせる。
 自分にも他人にも厳しく、常に妖魔退治を使命として努力してきた凜だが、他人に対しては常に自信満々にふるまっている。泣き顔どころか弱音を吐くことすらない。長年のつき合いで、二人はそれをよく知っていた。
「……なにを見てあんなに?」
「『フランダースの犬』の最終回。DVDが見たいって、彼女がだだをこねてね」
 それは多くの人々が涙したという伝説のアニメ番組だ。だが凜がそれを人前で見て号泣するという状況には果てしない違和感がある。
「だめだ。なんか見てられない」
 征二郎は思わず凜から目をそらした。が、圭一郎は逆にロケバスの扉を開け、凜のそばに寄っていく。
「先輩、しっかりしてください」
「なぁに圭一郎、人が浸ってる時に……」
「先輩はそんな人じゃないでしょう? いつも名前みたいに凜としていて、僕たちを叱咤してくれて」
「いいじゃん、たまにはそーいうの休ませてよ。私だって休日ぐらい欲しいんだから」
「休日……ホリデー……そうか、『シャボン玉ホリデー』か」
 征二郎と一緒に凜の言葉を聞いていた吉住がそうつぶやいた。
「なに、それ?」
「あ、いや、そういうバラエティ番組が昔あったんだよね。いや、僕もリアルタイムで見てないぐらいに昔なんだけど。今回の妖魔の性質に関係あるかも知れないな」
「はあ」
 よくわからないので、征二郎は車内の様子に耳をすますことにした。目をそむけたい気持と見てみたい気持が、征二郎の中で奇妙なバランスを取り合っている。
「じゃあ、鈴貸してください。先輩はここで休んでいていいですから」
「いいわよ、ほら。好きにしなさいよ」
 あまりにもあっさりと、鈴は圭一郎の手に渡された。
(うわー、ふだんのリンリンさんなら絶対にやらないよな)
 傍で聞いているだけでも、痛々しいのを通り越した気分だった。
「……ありがとうございます」
 しばしの沈黙の後、圭一郎がそう言った。
 征二郎ははっと気づく。
(あいつだってあんなリンリンさんから鈴を取り上げるなんて、やりたくないよな)
 正常な判断力を持たない相手からなにかを借り受けるのは、どこかだまし取っているような気がしてならない。圭一郎もそんな気持を持っているはずだ。
 だが今は、そこまでやらねばならない状況なのだ。
(あの妖魔……絶対倒してみんな元に戻してやる! リンリンさんも伯父さんも……)
 征二郎は決意も新たに拳を握りしめた。
「あー、征二郎君、気持はわかるけど、ちょっと状況を整理しておこうよ」
 背後から吉住がそう言い、車内で鈴を手にした圭一郎を手招きした。
「現場の状況だけど、圭一郎君の言った通りだったよ。カメラには映っているのに肉眼では見えない物体がある。時々泡を吐き出しているみたいだ。まるでシャボン玉みたいにさ」
「移動はしてますか?」
 なにかを抑え込んだような口調で、圭一郎が尋ねている。
「いや、固定カメラで撮ってるけど、移動はしてないね。回転はしてるけど。ほら」
 吉住は車内の小型モニタを指さす。画面中央あたりにメガホンのような物体があり、ゆるやかに回転していた。回転が止まると、泡がふっと吹き出す。
「吉住さん、工場の地図ありますか?」
「はい。物体があるのはこの辺だよ」
 吉住が渡してくれたのは、工場のパンフレットらしき案内図だった。既にカメラの絵と×印が書き込まれている。
「問題は、どうやって近づくかだな」
 圭一郎が腕組みして考え込んでいる。
「携帯のカメラ持って行けば?」
 征二郎の思いつきに首を振ったのは吉住だった。
「カメラに妖魔が映ったのは、この間妖魔の研究会で発表された撮影技術を使ったからだと思うよ。特殊なフィルターなんだけど、テレビカメラ用のしかなくて……あ、そうだ」
 吉住は近くにいた撮影スタッフに話しかける。スタッフはうなずき、なにかを探すように駆けて行った。ほどなく戻ってきたスタッフの手には、イヤホン型の無線機があった。
「ここから僕が無線で場所を教えるっていうのはどうだい?」
「わかりました。それでいきましょう」
 圭一郎が先にうなずいた。

 案内図を頼りに工場の敷地を進むと、ほどなく設置されたテレビカメラが見えた。妖魔を避けているのか、あたりに人影は見当たらない。
 カメラの正面、五メートルほど先に妖魔がいるはずだが、征二郎の目には見えなかった。
「ここまで来れば気配もわかる。僕に無線はいらないな。吉住さん、征二郎に位置を教えてやって下さい」
 圭一郎がそう言い、案内図を征二郎に示しながら指示する。
「本体があるのはこの×印のちょっと下。僕が先にこっちから行くから、おまえは反対側から近づくんだ。いいな」
「わかった」
 征二郎がうなずくと、圭一郎は宝珠を取り出す。光の中で剣へと変じたそれを征二郎に渡し、すぐに妖魔の方へ走り出した。
 征二郎もすぐに後を追う。カメラと圭一郎の位置から妖魔の位置を推測し、妖魔を二人で挟み撃ちにするかのように位置を取ろうとする。大体の位置に来たあたりで鞘を払い、剣を構えた。
「いいぞ征二郎君、そのまままっすぐ進んで……あ、少し左だ」
(スイカ割りみたいだなー)
 緊張感のないことを考えながら、征二郎は無線から聞こえる吉住の声を手掛かりに、少しずつ向きを変える。
「いいぞ、正面だ」
「よし、そのまま振り下ろせ」
 吉住と圭一郎の声に、征二郎は剣を持つ手に力を込める。
 その時。
 目の前に突然、灰色の物体が現れた。なにもないところから吐き出される泡。
「そこか!」
 征二郎は剣を振り下ろす。
 その間にも泡は真正面で鈴を構える圭一郎にまっすぐ向かっていった。
「圭一郎君っ!」
 吉住の叫び声、鈴の音。
 ほぼ同時に、征二郎の剣が見えない妖魔を断ち切った。
 そして。
「圭一郎!」
 宝珠の剣から確かな手ごたえが伝わってくるのもそこそこに、征二郎は顔を上げた。
 圭一郎は鈴を持った手を少し上げて応じる。既に泡はない。泡の影響がなかったのか、鈴が功を奏したのか、本体が斬られたためかはわからないが、とにかく無事であることは確かなようだった。

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