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18 不可視の妖魔

5 協働の輪

 その日の晩。
「……こんな形でテレビに出るとはね」
 夕食の席でテレビを見ながら、圭一郎が苦笑まじりに言った。
 町を混乱に陥れていた妖魔が退治されたことは、一部の地方ニュースで報道された。映像として宝珠兄弟の退治場面も少しだけ流れている。
「つーか、撮影してたんだな」
「まあそのためのスタッフなんだしね」
「いや、しかし助かったよ」
 しみじみと言ったのは父、進である。
「優兄さんも元に戻ったし、おまえたち、なかなかやるなあ」
「あったりまえだろ? 宝珠家当主だぜ俺たち」
 征二郎は得意げに胸を張ってみせた。
 が。
「僕たちだけじゃできなかったよ」
 圭一郎が意外な言葉を口にする。
「へ?」
「吉住さんや入江さんやテレビ局の人や研究会の人がいたから退治できたんだ」
「あ、そうか」
 思えば見えない妖魔を撮影する技術が研究会で発表され、それを吉住がテレビ局のスタッフに伝えてくれなければ、彼らも凜と同じように妖魔に襲われていたかも知れないのだ。
 不意に、征二郎の耳にはっきりと聞こえてきた言葉があった。
「……妖魔によると言われる怪事件は増加の一途をたどっています。今回の事件を含め、それにどう対応していくべきかを社会全体で考えていかなければならない時期に来ているのかも知れません」
 テレビのニュースの結語だ。
(俺たちだけの問題じゃなくなってきたんだな)
 ニュースの合間のCMを眺めながら、征二郎はそう思った。

「……やっぱり」
 テレビ画面に違和感を感じ、吉住裕美はリモコンで映像を止める。彼が見ていたのは、昼間の宝珠兄弟による妖魔退治の場面だ。画面には征二郎の剣に斬られ、消えていくメガホンのような物体がはっきりと映っている。
 少し巻き戻し、コマ送りで再生し、首をかしげる。
「なにか落ちてるよな」
 斬られた瞬間、妖魔からごく小さな石つぶのようなものが落ちているのが見える。
「おかしいなあ。現場には特になにもなかったはずだけど。やっぱりフィルターごしじゃないと見えないのか」
 吉住は再生を中止し、リモコンでダビング操作を選ぶ。ハードディスクに取り込んだ映像をDVDに複製するのだ。
「映像分析を頼まないと」
 退治の瞬間がフィルターごしに撮影されたのは、今回が初めてのはずだ。もしかすると、これまでだれも気づいていなかった事実が隠されているかも知れない。
 映像を分析するのは彼の専門ではない。幸い、研究会で妖魔を撮影し、映像を分析しているグループがある。今日の撮影時に用いられ、宝珠兄弟を支援したフィルターも、そのグループの手によるものだ。
 ダビングが開始されると、吉住は卓上の小型ノートパソコンでメールを打ち始めた。
「これで分析を依頼して……あ、それからフィルターの小型化もお願いした方がいいな。携帯につけたら退治する時に便利そうだし。あとは……」
 吉住がよどみなくキーボードを叩くと、画面には見る間に文面が作成されていく。
(僕は退治はできないけれど、こうやっていったら少しは役に立てるかな)
 妖魔によってもたらされる混乱から社会を守るために、自分のできることをする――自分にはそれしかできないのだと思う。
 だがその思いは、彼一人のものではない。
 吉住は大柄な背中を丸め、小さな画面をのぞき込んでメールを送信した。
 その先に同じ思いを持つ仲間がいることを、彼は確信している。
 それが社会――人と人とが世界の中でつながり合う場なのだから。

(第十八話 終)

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