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21話 止まらない日常

3 新たな剣

 住宅街。
「これはひどいな」
 妖魔による惨状が、既にいたるところに見て取れる。 
「これってさ、門を壊す妖魔ってこと?」
 壊れた門扉を指さして、征二郎が尋ねる。聞くまでもなく見ればわかるだろうとは思ったが、状況の整理も兼ねて答えることにした。
「そうだね、タイプはわからないけど、消えずに動き回って門を破壊しているみたいだ」
「今もどこかに出てるのか?」
「うん。わりと近く――あ、あそこの突き当たり、右から出てきそうだ」
「じゃあさっそく行くぜ」
 征二郎が出した手に、圭一郎は宝珠の剣を握らせる。征二郎はいつものように鞘を払い、突き当たりに向かって駆け出した。
 圭一郎は注意深く、気配と征二郎の動きに気を配る。
 征二郎が突き当たりにさしかかった時、その目の前をスクーターが横切った。
「!」
 圭一郎は目を見張る。そして立ち止まったまま首をかしげている征二郎のそばに駆け寄った。
「征二郎、なにやってるんだ?」
「妖魔、見当たらないんだけど」
「あのな」
 圭一郎の目にははっきりと妖魔が見えていた。征二郎にも見えていなかったはずはない。問題は、妖魔と気づいたかどうかである。
「今通り過ぎたじゃないか」
「え、どこに?」
「おまえの目の前を」
「目の前って原付しか通ってない……あれ、でもあの原付、なんか変だったような気がするな」
「よく見ろよ、人が乗ってなかっただろ?」
「あっ」
 人の乗っていないスクーターの形をしたものが、妖魔の気配とともに移動していくのを、圭一郎ははっきりと目撃していた。気配の移動する様子から見て、住宅街の門扉を壊して回っている妖魔に間違いなさそうだ。
 征二郎がいまさらのように、スクーターの去って行った方向を見やるが、既にその姿はない。
「もう角曲がって別の道に入ってるよ」
「結構速かったもんなー」
 しごくまっとうな感想を口にした征二郎は、ふと気づいたように圭一郎の顔を見る。
「それって、追いつけるわけ?」
「無理だな、やっぱり」
 気配が移動する速度が速いのには気づいていたが、実際に移動する様子を見るまではどれぐらいなのかわかりにくい。だが問題の妖魔は、形だけでなく速度もスクーター並だった。走って追いつけるものではない。
「このあたりをぐるぐる回ってるみたいだから、先まわりしよう」
「わかった。場所教えて」
 圭一郎は気配から妖魔が向かう方向を予測しようとした。が、移動のパターンは一定ではなく、直進したり不意に曲がったりしている。狭く入り組んだ路地を走り回っているせいだろうか。
「あのへんに出そうだ」
 圭一郎は五十メートルほど先に見える曲がり角を指さした。ほどなく、無人のスクーターが現れ、角を曲がってこちらにやってくる。
「よし、そのまま斬って」
 征二郎は道の真ん中に立って剣を構えた。
 が。
 征二郎の手の中で、剣がほのかに光り、もとの宝珠に戻る。
「時間切れかよ」
「征二郎、危ない!」
 スクーター型の妖魔が突っ込んでくるのを二人はかろうじて避けた。
 宝珠は数分間しか剣の形を保っていられない。いつもは退治する直前に剣に変えているが、今日はタイミングが悪かったようだ。
「次は直前に渡すよ」
 圭一郎は妖魔が去って行った方向に目をやる。狭い路地に入ってしまったらしく、既に姿は見えないが、気配ははっきりと感じ取れた。
「どこに出る?」
「待てよ。細かく動いてわかりにくいんだ」
 妖魔の気配は途切れないが、細かい動きを繰り返しているために予測がつかない。たまに動きが鈍ることがあるが、その時は遠くからなにかが衝突したような音が聞こえていた。恐らく、妖魔が門扉に突っ込み、破壊しているのだろう。
「よし、あっちだ」
 圭一郎が指さした方向に、スクーターが現れた。こちらに向かっているのを確認してから、圭一郎は宝珠を剣に変え、征二郎に手渡す。
「よし、今度こそ」
 征二郎が剣を抜き、構える。
 が、二人のすぐ近くにまでやってきた妖魔は不意に向きを変え、狭い脇道に入って行ってしまった。
「そんなあ」
「大丈夫だ。ここは行き止まりになってるから、じき戻ってくるよ」
 圭一郎はなんとか冷静さを保とうと努めながらそう言った。はたして数分後、袋小路を行きつ戻りつしていた妖魔がこちらに向かって来るのが見えた。
 征二郎が三たび剣を構え、妖魔との距離をはかる。
 が。
「またかよ!」
 征二郎が叫び、一歩脇へ退いて妖魔を避ける。その手に握られているのはもはや剣ではなく、もとの宝珠だった。
「これじゃ、埒が明かないな」
 圭一郎は渋い表情で宝珠を受け取る。
 宝珠の時間切れによって困った事態に陥ったことは、これが初めてではない。オブジェ騒動の時も、妖魔の山を片付けるのに何度も何度も剣にし直さねばならなかった。
(だいたい、なんで数分しかもたないんだ)
 圭一郎は宝珠をにらむように眺める。
(いろんな妖魔が出てるんだから、もっと長持ちしてくれないと)
「ならば、宝珠にそう願えばいい」
 不意に、はっきりとそんな声がした。
 圭一郎は思わずあたりを見回す。近くに征二郎がいるだけで、ほかに人影はない。誰の声かはすぐにわかったが、ここに彼がいるはずはない。
 そもそも、圭一郎は声を出していないのだ。
「はあ……」
「どした?」
 征二郎には聞こえていなかったのだろう、唐突にため息をつく圭一郎に驚いているようだ。
「滝が……いや、なんでもない」
 圭一郎は顔を上げ、住宅街の向こうに見える高校の校舎を見やった。
(もうなにがあっても驚かないけどさ)
 そして、手の中の宝珠に目を落とす。
(そういえば、これも如意宝珠だったってナギが言ってたな)
 願いをかなえる珠。かつてナギと思われる神から宝珠家の先祖に与えられたと伝えられる。
 ならば、自分の願いもかなえてくれるだろうか。
 圭一郎は目を閉じた。
 もっと強く、勝手に消えない剣。それによって人々を妖魔から救うことができるような、そんな剣――。
 手の中の宝珠が変化していくのがわかる。
 びりびりと手を震わせる気配は、それまでの剣とは比べものにならない。
「け、圭一郎?」
 征二郎が驚いた声をあげた。目を開けて剣を見た圭一郎もまた、あっと声をあげそうになる。
 彼が手に持っているのは、鞘の形や意匠もまったく異なる、新しい剣だった。
「なんだよそれ?」
「たぶん、時間切れにならない剣だ」
「いきなりそんなの、どうしたんだ?」
「滝の声が聞こえたんだ。宝珠に願ってみろって」
「へ? だってあいつ」
 征二郎は腕時計で時刻を確認する。
「今授業中じゃん」
「そんなことはわかってるけど、今のあいつに常識を適用してもしょうがないだろ」
 圭一郎は剣を持ち替えた。つかを握ってさりげなく抜いてみようとしたが、抜くことはできない。わずかに落胆を覚えつつ、鞘のままの剣を征二郎に手渡した。
「おおっ? ずいぶん持ちやすくなったじゃん」
 つかを握った征二郎が声を上げる。
「そんなに?」
「なんかサイズが合ってるっていうか、手になじむっていうか」
 征二郎はすらりと剣を抜き放った。刃の輝きも、以前とはまるで違う。
(これならば……!)
 時間切れになることなく、きっと妖魔を退治できる。
 そんな確固たる手ごたえを、二人は感じていた。

 三十分後。
「よし、こんどこそこっちに来るぞ!」
 圭一郎が叫ぶ。指さした方向に、征二郎が走り込む。
 新しい剣はそれまで一度も宝珠に戻っていない。
(大丈夫、次は必ず倒せる!)
 圭一郎はそんな確信をもって、征二郎の背中を見守った。征二郎が剣を構え、突っ込んできた妖魔を真一文字になぎ払う。
「やった!」
 斬られたところから妖魔が消滅し始める。
 圭一郎は吉住のメールを思い出し、妖魔が消えていく様子を目を離さずに見つめていた。
「あ!」
 霧のように消えていく妖魔から、小さななにかが地面に落ちたのに、圭一郎は気づいた。すぐさま駆け寄ってそれらしきものを確認する。
 それは米粒大の白く丸い珠だった。
(宝珠?)
 珠というにはあまりに小さかったが、彼らの持つ宝珠とよく似ているように思われる。
 手に取ってみようとすると、それは溶けるようにすうっと消えてしまった。
「だめじゃん、溶かしたら」
「僕のせいじゃないと思うんだけど」
 征二郎が突っ込みを入れてきたということは、彼の目にも見えていたということだ。圭一郎は突っ込みか弁解か判別しがたい返答をしつつ立ち上がる。
(たぶん、あいつが知ってる)
 宝珠に似た白い珠。
 やはり似たような珠を持ち、宝珠の願いをかなえる力について知っていて、どこからか助言をしてきた、あの――。
「とにかく戻ろう。もう授業中だし」
「あ、俺ノート写させてもらうから大丈夫」
「僕は写させる側なんだよ」
 軽いやり取りをかわしつつ、二人は学校に向かって歩き出した。

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