夢魔

第2章 血統

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 そんなわけで、次の日曜日に透と環は連れだって桜川先生のマンションまでやってきた。環はいかにも興味津々といった表情で、この日が待ち遠しかったようだ。
 先生のマンションに向かう途中、そんな環が口にした一言に、透は驚かされた。
「僕の母が、夢使いだったらしいんだ」
「らしいって?」
「夢使いって言葉をどこかで聞いた気がして気になったから、この間祖母に夢使いを知ってるかって尋ねたんだけど、その時に教えてもらった」
 環は三年ほど前に父を、一年半前に母を亡くし、現在は父方の祖母と姉の恵美との三人暮らしなのだという。環によれば、彼の両親の出逢いは、父に取り憑いた夢魔を母が退治したことなのだそうだ。
「じゃあ君の力はお母さん譲りなわけだ」
「そうみたいだね」
 環はちょっと考えてから付け加える。
「恵美はそんなことないらしくて、何も言わないけど」
「恵美?」
 透は聞き咎める。
「お姉さんのこと、そう呼んでるのか」
「うん」
 環は微笑む。透はその無邪気な表情に、少しばかり違和感を覚えた。
 マンションのチャイムを鳴らすと、すぐに応答があった。先生は二人の訪問を今か今かと待っていたらしい。愛想よく二人を迎え入れながら、先生は言った。
「しかし透君の言ってた子がこんなに早く見つかるとは思ってなかったよ」
「俺もそう思います」
「でもよかったじゃないか。同い年の夢使いがいて」
 先生は紅茶をいれながら笑った。一人暮しが長いせいか、慣れた手つきである。齢三十六だが、結婚する意思はないらしい。
「夜の仕事だからね」
 いつもそう言って茶化す先生だが、確かに夢使いには一生伴侶を持たない人が多いと聞く。性別にかかわらず、結婚などという共同生活との両立の難しい職業なのかもしれなかった。それだけに、夢使いの母を持つという環は珍しい存在だった。
 透がそのことを話すと、先生は驚いたように聞き返す。
「お母さんが夢使いだったって?」
「ええ」
「もしかして、お母さんの名前、薫っていうんじゃ……」
「ご存じなんですか?」
 環が目を丸くした。
「やっぱりそうなんだね。旧姓は木田さん……だろう?」
「そうです。お知り合いなんですか?」
「夢使いの仲間だったんだよ」
 先生は懐かしそうな表情になる。透は話題に入れないので、黙って聞いていた。


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