夢魔

第3章 姉弟

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3

「関野、なんだよ、話って」
 放課後の教室で、透と環は妙に深刻な表情の関野と向い合った。いつもはお調子者の関野が最近元気がないようなので、透たちは少なからず気にしてはいたのだが、聞いてよいものか迷っていたのだ。関野の方から話があると言われて、二人はむしろほっとしたが、同時に彼の態度にただならぬ深刻さを感じとっていた。
「うん……」
 しかし関野は、なかなか話し出そうとしない。どう切り出したものか迷っている様子だった。透が軽く促す。
「関野?」
「お、おまえら二人とも、夢使いだったよな」
「うん」
「それがどうかしたのか?」
 透と環が口々に聞き返す。
「夢使いってのはさ、その、なんだ……」
 関野は落ち着きがなかった。深刻そうな表情といい、口ごもり方といい、ますますただごとではない。それに、どことなく顔色が悪いのも気にかかる。
 関野は続けた。
「夢魔に憑かれた人間ってわかるのか?」
「それは無理だよ」
 環が横に首を振る。
「夢の中に入ればすぐわかるけど……」
「まさか関野、夢魔に……」
 透がはっと気がついて尋ねる。
「わからない。でも、そうかも知れない」
 関野は気弱な調子で言った。
「そんな気がしてならないんだ」
「夢の内容は覚えてる?」
 関野は一瞬、環の顔を見た。
「……あんまり。でも多分いつも同じ内容だと思う。悪夢じゃないとは思うけど、不安でならないんだ」
「いつから?」
「四、五日前ぐらいかな」
「そう……」
 曖昧な情報だったが、透も環も慣れている。夢魔に憑かれた人間が、そのことにはっきりと気づくことなどほとんどない。夢を見たがなんだか不安だ、というような訴えがほとんどである。時にはただの夢のこともあるが、夢使いのもとに持ち込まれるそんな訴えには、たいてい夢魔がかかわっている。人間の無意識の世界が侵入者を察知して発する危険信号は、決して無視できるものではないということを、夢使いはよく知っているのだ。
 環は質問を続けた。
「関野、体の調子は?」
「調子? そうだな……疲れやすい気がする」
(もしかして本当に、夢魔が関野に……)
 透と同じ考えを、環も抱いたらしい。
「島村、今日はどう?」
 今日は夢使いの仕事が入っているのかと、環は尋ねてきた。
「それが……入ってるんだ。粟飯原は?」
「僕は空いてる。じゃあ僕が関野の夢に入って確かめてみるよ」
「すまない」
「いいよ、気にしないで。関野、そういうわけだから、今晩僕が確かめるね」
「……あ、ああ」
 関野は何か言いたげな表情をした。だがそれを抑えるように、
「頼むよ、粟飯原」
 とだけ言った。

 環は気づいていなかったようだが、関野の何か言いたげな様子が気にかかったので、その晩透は関野に電話をかけてみた。
「何か気になってることでもあるのか?」
 透の問いに、関野はしばらく考えてから答えた。
「俺さ、正直いうと、島村に確かめてもらいたかったんだ」
「どうして?」
「夢の内容、覚えてないっていったけど、あれは嘘なんだ」
「どうしてそんな大事なところで嘘なんて……」
「悪かった。でも粟飯原の前じゃ、どうしても言えなかったんだ」
「何だよ一体」
 透は関野が何を言おうとしているのか、さっぱりわからなかった。環に聞かれたくないこととは何だというのだろう。
「夢にさ、凄い美人が出てくるんだ」
「美人?」
「うん。その美人が目の前を通りすぎるだけの夢さ、内容は。だけどそいつが近付いてくるだけで、全身の力が抜けていくんだ」
「それがどうして粟飯原と関係あるんだよ」
 関野はしばらく黙っていた。透が不安になりはじめたころ、やっと応答がある。
「その美人……似てるんだ」
「誰に?」
「粟飯原恵美に」
「なんだ、そんなことか」
 透は関野を安心させるように、明るく言った。
「関野は知らないんだったな。夢魔って夢の中で好きなように姿を変えられるんだぜ」
「……本当か?」
「本当だよ。知ってる人とか、好きな人なんかに化けるから、夢使い以外には退治できないんだ」
「じゃあ、夢使いには夢魔の正体がわかってるのか」
「そうさ。おまえに夢魔が憑いてるとして、そいつがおまえには粟飯原の姉さんに見えても、粟飯原にはちゃんと正体がわかるはずだよ」
「粟飯原恵美が夢魔ってことはないんだな?」
「あるわけないだろう」
 透は笑い飛ばす。
「夢魔には体がないんだ。彼女は実在してるじゃないか」
「そうか、そうだよな」

 関野の声は、やっと安心したような調子を帯びた。


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