夢魔

第3章 姉弟

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 透の判断は甘かった。
 翌日、環は学校を休んだ。関野は来ていたので、透は昨夜の首尾を尋ねてみた。
「関野、どうだった、昨日は」
「それが……」
 関野は困った顔をした。
「わからないんだ」
「わからない?」
「うん……どうも、よく覚えてない」
「おいおい」
「本当だよ」
 その口調といい、表情といい、関野自身が困惑していることがわかる。関野は確かに覚えていないようなのだ。
「何か覚えてることないのかよ」
 透は重ねて聞いてみる。
「夢魔……粟飯原の姉さんに似てるって言ってたろ? どうだったんだ?」
「ああ、そうだよな……俺、そんなこと言ったよな」
「まさか、それも覚えてないって?」
「いや、そう言ったことは覚えてる。でも本当にそうだったのか、今はわからないんだ。夢魔の顔自体、思い出せない」
「ばかな……」
 愕然と、透は呟いた。関野が粟飯原恵美に似た夢魔に不安がっていたのは、つい昨日のことなのに。昨夜何があったというのだろう。
「粟飯原は? 夢の中に来たんだろう?」
「多分な。……あっ」
 関野は思い付いたように言った。
「昨夜の夢で、一つだけ覚えてるシーンがあった」
「何?」
「粟飯原が……泣いてた」
「泣いて?」
「涙を流して……忘れてくれって言ったような気がする」
(どういうことだ?)
 透にはわけがわからない。環が関野の夢に入ったことは確からしいが、そこで何が起こったのか、さっぱり見当がつかなかった。
 関野はなぜ夢のできごとを忘れたのか、環の涙の意味は何なのか。調べてみる必要がありそうだった。
 夜になってから、透は環の家に電話をかけてみた。呼出音が何回鳴っても応答がないので、切ろうかと思った頃、やっと受話器を取る音がした。
「粟飯原です」
 年老いた女性の声は、環の祖母のものだ。透が名乗ると、祖母は困ったような声で、環は今出かけていると言った。
「どちらへ?」
「あの子の姉が、いなくなってしまったんです」
「いなくなって?」
 祖母によると、今朝の明け方近く、環が慌てふためき、恵美がいなくなったと告げに来たという。環が目を覚まし、隣の部屋の様子がおかしいのに気づいて覗いてみると、晩にはいたはずの恵美の姿がなかったというのだ。恵美はしばしば無断で家をあけるので、祖母はさほど心配することはないのではないかと思った が、環のあまりに取り乱した様子に、ただならぬ様子を感じた。
「仲のいい子たちですからねえ、私の知らないところで何かあったのかも知れま せん」
 環は捜索願を出しに警察へ出かけ、そのまま恵美を探してまわっているのだという。
 受話器を置いた透の心の中には、得体の知れない不安があふれていた。
(粟飯原のまわりで、何かが起こり始めている)
 関野に憑いた、恵美に似た夢魔。夢の様子を忘れた関野。行方不明になった恵美。そして取り乱したように恵美を探す環。
 何が起こっているのかわからない。だが、このまま放っておくと恐ろしいことが起こるような気がしてならなかった。


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