夢魔

第4章 千秋

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「おや、今日は環君は一緒じゃないの?」
 夢使いの会合が行われる、とあるマンションの一室。会合が行われない時にも、夢使いが集まって情報交換をする場になっている。
 部屋のドアを開けた透を迎えたのは、国村響子だった。
「粟飯原? デートですよ」
「デート? ああそうか、先月から彼、君の従妹とつき合ってるって言ってたっけ」
「参りますよ、こっちは」
 透は大げさに両手を広げて見せる。
「親友と従妹と、両方ののろけ話を聞かなきゃならないんです。性格は正反対なのに、妙なところで共通点があるんですから、あいつら」
「君も聞き役になるからねえ」
 国村はくすくす笑う。
「まあそれでも、粟飯原が夢使いに復帰したのは千秋の――従妹の――おかげですから」
 三カ月ほど前の千秋の夢魔退治をきっかけに、環と千秋の仲は急速に接近していった。それに伴って、環は目に見えて明るくなっていた。過去に抱えた数々のわだかまりをふっきったらしく、夢魔退治も再開した。姉の恵美の話もほとんど出てこなくなり、たまに話が及んでも、さばさばした口調で『多分どこかで元気でいるよ。でも僕が干渉しても仕方ないしね』と笑う。
 恋愛は人を変えるというが、環の場合は劇的な変化だった。少なくとも、表向きの態度はそうだった。だが、心の中を占めている相手について話さずにいられないという性格は変わらなかったらしい。
 透は環から千秋の話を、千秋から環の話を聞く役を負わされたのである。
「君も環君にのろければいいのよ」
「俺?」
 透は苦笑する。
「相手がいませんから。そういう響子さんこそどうなんです?」
「いるわけないでしょ。私は夢使いに人生捧げてるのよ」
 透の逆襲に、あっさりと国村は答える。返答のしようがなくなった透は、話題を変えた。
「響子さんは、今日はなんでここに?」
「うん。夢魔の王について昔の文献が見つかったから、誰かに話したくて」
「見つかったんですか?」
「まあね。でも真実かどうかはわからない」
「聞かせて下さい」
 透は膝をのり出した。
「夢魔の王っていうのはね、人の体を持った夢魔なんですって」
「体を持った? だって夢魔は……」
「そう。夢魔って人間のような肉体を持たない存在だと言われてるわね。でも原因はわからないけれど、人間の体を持った夢魔は他の夢魔よりもはるかに力が強いんだって。だから『夢魔の王』と呼ばれるそうよ」
「人間の体を持った……って、それじゃあ下手に退治したら殺人になってしまうってことですか?」
「わざわざ殺さなくても、『誰かの夢の中に入っている最中に夢魔の王の体を別の場所に移せば、その体は塵となって崩壊する』だって。それが殺人にあたるとは思えないけど、どこまで本当なんだか……。それに、夢魔の王の体が崩壊しても、ただの夢魔になるわけだから、完全に退治したことにはならないみたい」
「じゃあ、夢魔の王を倒すには、まず夢魔の王の体を見つけて、その体を動かして塵にして、さらにただの夢魔になった奴を倒さなければならない、と?」
「そういうこと」
 国村はテーブルに頬杖をついた。
「随分難作業よね」
「はあ……」
 難作業というより、荒唐無稽といえる。まるで呪術ではないか。
 不可能に近いのではないかと、透は思ったが、口には出さない。かわりにこう言った。
「まあ、夢魔の王についての情報が見つかったんだから、それだけでもすごいことですよ」
「五つも年下の子にフォローされちゃったわね」
 国村も自分の言ったことの荒唐無稽なさまを認めるように言った。
「年下って……俺の方が夢使いのキャリアは長いですよ」
 最近やっと『国内最年少の夢使い』(環は同い年だが、透より二カ月年長である)から脱した透は、子ども扱いされることには慣れているのだが、国村に言われるとつい反論してしまう。
 二人は顔を見合わせて笑った。
 夢魔の王は気にかかる存在だし、夢魔の力も強くなっている。だが、夢魔の王の所在がつかめない以上、こちらは手出しできないし、情勢もそれほど逼迫しているわけではない。環という強力な味方もいる。
 だから、とりあえず今すべきことは特になにもない。
 誰もがそう信じていた。


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