夢魔

第6章 手紙

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「よくこんなことを抱え込んでいられたもんね」
 読み終わった響子は、溜息とともにそんな言葉を吐き出した。透は無言でうなずく。どうにも形容し難い気分だった。手紙をはじめに読んで以来ずっと心にわだかまっている重苦しい気分がどこから来るのか、透はしばらく考える。そして考えつつぽつりぽつりと語り出した。
「俺……よく粟飯原に言ってたんです。悩みがあるなら言ってみろ、言うだけで楽になることがあるから……って。だけど考えてもみませんでした。粟飯原の悩みは俺みたいな普通の人間に扱えるもんじゃなかったんですね」
「……」
「今思うとあんなに軽々しく口にすることじゃなかった……」
「透くん」
 静かに響子は遮った。
「それは違うと思う」
「違うって?」
「環君の悩みは環君にしか解決できないんだよ。君が解決できないのは当たり前じゃない」
「……」
「環君だって、君がなんとかしてくれるなんて思ってるわけじゃないでしょ? 環君以外の人間にできるのは、せいぜい悩みを聞いてあげることぐらいなんだから。それに彼の悩みがもっと単純なものだったとしたら、君は何かしてあげられたの?」
「ああ……そうか」
 透は呟いて頭を振る。
「そうですね。誰だって他人に問題を解決してもらうわけにはいかないんだ」
「そう」
 響子はうなずき、少ししてから付け加えた。
「でも、確かに重い内容だもんね。透君の気持もわかるよ」
「すみません。一人で読んでるのに耐えられなくって」
「環君の推測が正しかったとしたら、大変なことになるからね。それこそ夢使いと夢魔の戦いを決定するような……」
「ええ」
「とりあえず、環君が帰ってきたらゆっくり話した方がよさそうね」
 透はうなずきながら、響子に手紙を見せたことはよかったのかどうかを自問していた。確かに透自身の気は楽になった。だがそれは響子にもまた環の重い悩みの一端を担わせることになってしまったのではないだろうか、と。
 奇妙なことにこの時の透にとって、手紙を勝手に他人に見せたことで環に感じる責任感よりも、自分が支え切れない部分を無理に押し付けてしまった響子を気遣う気持の方がはるかに強かったのである。


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