夢魔

第7章 惨劇

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 結局その晩透が帰宅したのは、午前四時をまわったころだった。半年前から一人暮しを始めたアパートの階段で新聞配達人とすれ違った時には、さすがに苦笑がもれる。環の手紙から始まって、夢魔の王の話やら夢使い仲間の噂話やら、響子と随分と話し込んでしまった。空が白みかけているのに気づいて慌てて帰ってきたが、正直なところもう少し話していたかった。
 ともあれ、その日透が眠りについたのは五時頃だった。そして七時半。電話のベルが透を叩き起こした。
「ふぁい、島村です」
 普段は寝起きのよい透だが、さすがに二時間半しか眠っていない状態ではすぐには目が覚めない。受話器を取ってからも彼はしばらくぼんやりしていた。
「島村透さんですね?」
 電話の向こうで聞き覚えのない男の声がした。懸命に記憶をたぐるが、ぼんやりとした頭ではどうも効率が悪く、知っている人かどうかよくわからない。
「そうですが」
「朝早くに失礼します。Y県警の今井と言いますが、ちょっと伺いたいことがありまして」
「はあ……」
「島村さんは粟飯原環さんと名伽川千秋さんをご存じですね?」
 Y県といえば、環と千秋が出かけたS海岸のある県だ。そう思った途端に、急に頭がはっきりとした。わざわざ警察から二人の名を出して電話をかけてくるとはどういうことだろうか。
 ひどく嫌な予感がした。
「二人がどうしたんですか?」
 透はほとんど叫ぶように尋ねた。
「落ち着いて下さい。ちゃんと順序だててご説明しますから。それでお二人をご存じなんですね?」
「……はい」
 透は二、三度深呼吸して気持を落ち着けようとした。心臓が激しく鳴っている。
「千秋は従妹だし、粟飯原は親友……です。それであの……」
「実はですね、お二人は昨晩、県内のS海岸ホテルに宿泊していたんですが、そこで……何かの事件に巻き込まれたようなんです」
「じゃあ今、二人は……」
「県警で捜索中ですが、現在行方はわかりません」
「……!」
 透はその場に立ちつくす。自分がまだ眠っていて夢を見ているのだと思いたかった。旅行の前に電話で話した時の千秋の明るい笑い声が脳裏に蘇る。あれが五日前のことだった。そして環に『千秋と旅行するんだって?』と冷やかし半分に話しかけ、環が照れたような表情で笑ったのが四日前。その環からの重大な手紙を受け取ったのが昨日。
(なんで急にこんなことに……)
 そんな思いばかりが彼の頭をぐるぐると回る。
「もしもし、もしもし?」
 電話の向こうの今井の声で、透はやっと我に返った。
「あ、はい」
 今井は捜査に協力してくれないかと持ちかけ、透はそれを了承した。現場となったS海岸ホテルで会うことを約束して電話は切れたが、透は会話の途中で今井がふともらした一言が気になって仕方がなかった。
「とにかく、普通じゃ到底考えられない事件なんで、少しでも情報が欲しいんですよ……」


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