夢魔

第8章 悪夢の現実

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「うわあああっ!」
 跳ね起きた透は、自分がどこにいるかわからなかった。
 そこは白を基調とした殺風景な部屋の中である。少なくとも透の部屋ではない。さらに当惑したことには、ベッドの横の椅子に国村響子が腰掛けていて、心配そうに透を見ていた。
「透君、気がついたのね、大丈夫?」
「ここは……?」
 透は部屋の中を見回す。どうして自分がここにいるのかわからなかった。左目がずきずきと痛む。
「N総合病院。もう四日も眠ってたのよ」
「四日? でも俺、どうしてここに……」
 響子はそれに答えて語り始めた。
 透が夢魔退治をするはずだった依頼人が死んだという報告が平井のもとに届いたのは四日前のことだった。透からの連絡が何もないことに不審を抱いた平井の連絡を受けて、響子や桜川といった透の家の近所に住む夢使い達が透のアパートを訪れたが、部屋には誰もいないようだった。ドアの前で途方に暮れる彼らにアパートの管理人が気づいて出てきた。
 管理人が説明したところによると、その日の明け方近く、透の部屋からものす ごい悲鳴が聞こえたという。驚いて目を覚ました隣人の知らせで管理人が部屋に入ってみると、ベッドに横たわる透がいた。だが彼は高熱で意識を失っており、時折左目を押さえてうめき声を上げるだけだった。ただごとではないと思った管理人はすぐに救急車を呼び、近くの病院に入院させたのだという。
 響子達はすぐに病院に向かったが、透の意識は戻らなかった。そこで彼らは交代で様子を見に来ていたのだ。
「原因がまったくわからないってお医者様が言ってたわ」
「そうでしょうね」
 人間が夢について知っていることなど微々たるものである。夢使い達さえ、自分達がなぜ夢に入ることができるのかわかっていない。夢の中で起こったことなど、外部の人間にわかるはずもなかった。
「それより依頼人……やっぱりだめだったんですね」
 うなだれた透に、響子が問いかける。
「夢には入ったのね? 一体何があったの?」
「会ったんです……夢魔の王に。それで左目を……あっ!」
 透は一つの恐ろしい事実に気づいた。
 左目が見えない。
「どうしたの?」
 響子が怪訝な顔をしたところを見ると、外見には何の変化もないらしい。
 だがそれが、夢魔の王に刺されたせいだということはあまりに明白だった。


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