夢魔

第11章 ふたりの環

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「ど……どういうことだよ?」
 あのS海岸での今井刑事の言葉が頭をよぎる。
――あの部屋で一人、悪くすると二人ぐらいは死亡しているはずなんです。
 千秋はあの時に命を落としたというのだろうか。
 だがそれならば、なぜ今透の夢の中にいるのだろう。
 そして「粟飯原恵美に殺された」とはどういうことなのだろう。
 そして……環の行方は?
 様々な問いが透の頭に浮かび、どこから聞いたものかわからなかった。助け船を出すように口を開いたのは、ラグナである。
「私と薫の間に生まれた子どもは、二人の力をともに受け継いでいました。夢魔の力と夢使いの力を……。環はあなたに会い、夢使いの道を選ぶことができましたが、恵美はそうではなかったのです。恵美は他人の夢の中に入り、夢を自在に操ることができることに気づいてしまいました」
 夢を操る。それは夢魔の所業であり、夢使いにとってはタブーとされている。
「あの子は……周囲のなにもかもを思い通りに動かすことを楽しむところがありました。確かに容姿も能力も、あの子の自信を損なうことはありませんでした。それでも、現実で生きていれば思い通りにならないことは幾つも出てくるものですが、あの子は『完全に自分の思いのままになる』世界を見つけてしまい……それがあの子を変えていってしまったんです」
「じゃあ……夢魔の王は…」
「ええ。恵美でした」
 ラグナは頷き、続ける。透はラグナの表現が過去形だったことが気になっていたが、先に話を聞いてから尋ねようと思い、口をつぐむ。
「自分が夢魔の女王であることを環に目撃された恵美は、環の前から一度は姿を消しました。けれども、環が夢使いに復帰した頃から、再び環に近づこうと思うようになったのです」
「どうして……」
「環は……強い夢使いでした。しかし同時に、最強の夢魔となる要素も持っていたのです」
「……っ!」
「透兄ちゃん…大丈夫?」
 左目を押さえる透に、千秋が声をかける。ラグナの言葉に、左目を失ったあの悪夢がまざまざと蘇ってきたのだ。
「実際、彼は夢使いであった時から夢魔のように人を操ることができました。彼自身は意識していませんでしたが」
 透は遠い過去の出来事を思い出していた。
 高校の時、粟飯原恵美が行方不明になった時のことである。あの時、関野は一夜にして、恵美らしい夢魔が自分の夢に現れていたということを忘れてしまっていた。
 確かその時、関野はこう言っていた。
――粟飯原が泣いてた。涙を流して、忘れてくれって……。
 あるいはあの時に、環は無意識に関野の記憶を操ってしまっていたのかも知れない。
 ラグナは続ける。
「恵美にとって、環は敵でした。でも、味方につければこれ以上の味方はいないということに気付いた時、恵美は環の心の中に潜む夢魔の部分を呼び覚ますことにしたんです」
「じゃあ、粟飯原が見てた悪夢ってのは……」
 左目を押さえたまま、透が呟くように聞き返す。
「そう。恵美に呼び覚まされつつあった夢魔が、環を内側から脅かしていた……そのあらわれです」
 透の方から見ると、ラグナの横顔は夕日に照らされてよく見えない。だが、その表情は沈欝なもののように思えてならなかった。
「私はその様子を知って……事情を伝えるべく、千秋さんの夢に入りました。あの時環を支えていたのは、千秋さんだったからです」
「……そこからは私が話すね」
 千秋が口を挟んだ。


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