夢魔
終章 この手の温もり
「透くん?」
目を覚ました透は、しばらくの間、自分の今いる場所が把握できないでいた。確か、自分の部屋で眠りについたはずだし、視界に入る景色も自分の部屋のものだ。それなのになぜ国村響子がここにいるのだろう。
「透くん、起きたのね……よかった」
「響子……さん?」
身体を起こそうとしたが、ひどくだるい感じがして動けない。全身がずっしりと重く、力が入らなかった。響子が慌ててとどめる。
「だめよ、まだ起きちゃ」
自分がなぜこういう状態になっているのか、透はしばらく考える。夢の中でいろいろなことがありすぎて、現実の方が現実感を失っていた。
環の夢に透を送り込むために、ラグナが透の生気を使い過ぎたのだろうか、それとも環が夢魔を滅亡させた時の力の奔流に影響を受けたのだろうか。
「どうしてここに……?」
「先生のお葬式の後、しばらく連絡がなかったから来てみたの。大家さんに頼んで開けてもらってね。お医者も呼んで……。ずっと目を覚まさないから、心配してたのよ」
透は自分の腕につけられている点滴の管に気付く。
「ずっとって……今日は何日ですか?」
響子の答えた日付に、透は唖然とする。桜川の葬式から6日もたっていた。響子が来てくれていなかったらどうなっていたことか。
「一体どうしたっていうの? 眠ったまま目を覚まさないなんて……」
「そうですね……」
何から話したものかと迷い、さまよわせた視線が、ベッドサイドテーブルに乗っている葉書らしきもので止まる。
「……それは?」
「あ、そうそう。今朝届いてたんだけど……」
響子が渡してくれたのは、一通の絵葉書だった。差出人もメッセージもない。だが、見慣れた宛先の筆跡とS海岸の風景が、差出人が環であることを語っている。
「粟飯原……」
「……環君?」
「ええ。あいつ……戻ってきたんです。この世界に」
響子が首をかしげる。確かにわかりにくい表現だったと思い、透は苦笑した。だが、それ以上にうまく言い表す言葉が見つからなかった。
「でもよかった……目を覚ましてくれて」
「響子さん……」
響子の手が、透の手に触れていた。
暖かい……そう思う。この手の温もりが、透を夢の世界から引き戻してくれたのかも知れない。
夢魔は滅びた。夢使いの役目も終わる。
透が誰かの夢に入ることはもうない。これからは夢の外の世界だけが、彼の――彼らの生きていく舞台だ。
だが、きっとうまくやっていけるだろう……そう透は確信していた。
根拠はない。だが、そう信じさせてくれるものがある。
今この手に感じている温もり。
夢の世界では得られないものが、ここにあった。