Darkside

(旧「魔の島のシニフィエ番外編 日と月の魔剣士」)

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[日と月の魔剣士][交差の地]


6 封印

 ランディは死霊の気配を追って道を下って行く。かちりという音とともにトラップが作動するのもかまわない。岩が落ちて来るのをひらりとかわし、落し穴を飛び越える。行く手をはばむようにモンスターが現われても、彼はひるまなかった。
 「なめるなよ……!」
 すらりと抜いた魔剣が赤く光る。
 「これはただの剣じゃねえんだっ!」
 薙ぎ払われた剣が、瞬時に数匹の洞窟鬼を両断し、地面に叩きつける。上から襲いかかってきた大型コウモリの群れも、魔剣からほとばしり出る赤い光に飲み込まれ、焼けこげた物体となって落ちていく。
 ランディは、走る。
 魔剣をふるい、疾駆する。
 そして。
 ランディがたどり着いたのは、地底湖のほとりだった。
 (潮のにおい?)
 かすかに感じられるにおいは、地底湖がかつて海とつながっていたことをあかし立てるものだった。どうやら、海賊達が海へ出るための港として使っていたところらしい。切り出した石で整備された岸には、かつて船であったとおぼしき残骸がかろうじて浮かんでいる。恐らく、海賊の手下達が追っ手と最後の戦闘を繰り広げ、敗れ去った場所なのだろう。
 (あの船か……)
 ぼろぼろの船から、死霊の気配は発せられていた。ランディは魔剣を構え、じりじりと歩み寄る。つかの宝玉が再び、赤いかがやきを帯び始めた。
 「今度こそ手に入れてやる……来い!」
 ランディの声に応じるかのように、船がぐにゃりと形を変えた。今までとは比較にならないほどの気配が感じられる。
 (これは……!)
 死霊は一体ではなかった。無数の死霊がひとつであるかのように群体となってうごめく。群体であることが感じ取れなかったのは、そこから発せられる気配がことごとく同じものだったからだ。
 生きている人間に対する悪意。
 おそらくは、かれらを殺した追っ手達への恨みだったものが、時を経て自他の区別や怨む対象すら定かでなくなってしまった姿であろう。
 そんな悪意を、だが、ランディは求めていたのだ。
 (これは……なんとしても手にいれないと!)
 ランディが短く叫ぶと、宝玉がひときわ赤く輝きはじめた。死霊の群体はざわざわとうごめきながら、少しずつ宝玉の方に引き寄せられて来る。
 だが、死霊は無抵抗ではなかった。淀んだ霧のような体をくねらせ、引き寄せられまいとする。
 「く……」
 ランディの額に汗が浮かぶ。宝玉に封印の力を与えているのは、他でもないランディの魔力である。封印の可否は、ランディの魔力が死霊の力を上回っていなければならない。だが、封印するにはあまりに死霊は強すぎた。このままでは宝玉に封じ切る前に、ランディの方が疲労してしまう。少しでも気をゆるめれば、死霊は宝玉の支配を逃れ、ランディに襲いかかってくるだろう。
 ガイドを身代わりにし、襲う隙をついて封じるといういつもの手段がとれなかったことも災いした。一度失敗したがゆえに、そして目の前の獲物の大きさゆえについあせってしまったのだ。
 目がかすむ。ほとんど限界まで魔力を使っているランディには、周囲の様子がわからなくなっていた。
 だが、後戻りはできない。
 (死ぬわけにはいかない……俺は……奴を……)
 自らを奮い立たせるためにつぶやく言葉すら、きれぎれになる。
 が。
 不意に。
 ランディのものではない、短い叫び声が上がった。
 同時に風がまき起こり、死霊の間を吹き抜けて行く。
 (……なに?)
 ふっと身体が軽くなったような気がした。死霊の抵抗が急激に弱まり、見る間に宝玉に吸い寄せられて来る。
 先刻までの苦戦が嘘のようにあっさりと、封印は完了した。
 魔剣をさやにおさめ、ランディは振り向く。
 腕組みしてたたずんでいたガルトが会釈した。彼が死霊の抵抗力を弱め、ランディを助けたのだろう。
 「……遅かったじゃないか」
 素直に助かったとは言えなかったが、ガルトは理解したらしい。
 「なに言ってるんですか。あなたが通ったあとの、落し穴と落石と獣の死骸だらけの道を通るのに、どれだけ苦労したことか」
 笑いながら、ガルトはそう答えた。ランディもつられて笑い出す。が、ふと笑うのをやめ、ランディは尋ねた。
 「……嘘だろう? それ」
 「なんのことです?」
 「すぐ後に立ってる人間の気配を俺が感じ取れないと思うか? おまえはかなり早いうちからここに来ていた、そうだろう?」
 「……さっきは気付かなかった癖に」
 ふいと視線をそらして、ガルトは愚痴っぽくつぶやいた。その答え方が肯定をあらわしてしまっている。ガルトもそれに気付き、しぶしぶ白状した。
 「迷ってたんですよ。あなたに手を貸すか、死者を眠らせるかをね」 
 「眠らせる……か。あれはもう、意志なんてない怨念のかたまりだったぜ」
 「それでも、生命の流れに帰れずさまようものを見過ごしたくはないんですよ、俺はね」
 「……おまえ、元暗殺者というよりは僧侶みたいな言い方するんだな」
 「ふふ……そうですね」
 ガルトは寂しげな笑みを浮かべる。
 興味が湧いた。
 ガルトの過去は、ただの暗殺者のものではない。それは恐らく、先刻話に出ていた「力」に由来するものなのだろう。その過去、その力を、ランディは知りたくなった。
 それは、ランディ自身の目的と接点を持つものではない。むしろ、目的ある身で他人の過去などに興味を持っていては、時間の無駄だ。目的以上の関心は持たず、あらゆるものを利用していくべきだということはわかりきっているのに、ガルトに対してはなぜか、そうする気になれない。
 「……ダーク・ヘヴンに行くんですか」
 黙り込んだランディに、ガルトが問いかけてくる。話が中断されていたことを気にしていたのだろう。
 「ああ。……だが、もう少したってからにする」
 「どうしたんです?」
 「今でかい死霊を封じたからな。これ以上は宝玉がもたない。もっと強い宝玉を手に入れないことには、ダーク・ヘヴンに行っても無意味だ」
 「そうですか……」
 ガルトは何かを言いかけたが、すぐに口をつぐんでしまった。ランディも、あえて尋ねない。会話の場を支配し、聞き出すよりは、ガルトの語るにまかせてみようという気になったのは、やはりガルトへの関心ゆえなのかも知れない。

 「う?」
 ディングは首をかしげた。目の前には見慣れたケレスの町が広がっている。
 「あれ? 俺いったい……」
 振り向くと、ケレス第四洞窟の入口があった。
 ディングは首をかしげる。さっきまで自分は、洞窟の最下層にいたはずだ。確か、刺さっていた剣を抜いたはずなのだが、その後どうやって洞窟の外に出て来たのかはまったく覚えていない。
 「どうしたんだ?」
 声をかけられ、見ると依頼人…ランディが微笑んでいた。
 「あれ、俺……どうしてたんだ? 洞窟の中にいたんじゃなかったっけ?」
 「なに言ってるんだ?」
 ランディは冗談を聞いたとでもいうかのように笑い出した。
 「ちゃんと、元の道を通って帰って来たところじゃないか」
 「そ、そうか? でも……変だなあ」
 「変なのは君だよ。いきなりぼうっとしてると思えば……」
 「え?? そうなの? どうしちゃったんだ……」
 ディングは考える。
 「あのさ、俺、ちゃんと道案内できてた?」
 「妙なこと聞くなあ、君も。できてたからこうして地上に帰って来てるんじゃないか」
 「そうか、それもそうだな」
 ディングはほっとしたように笑う。
 「まあいいや。ちゃんとお客さんを連れて帰って来れたんだし」
 どうやら彼は、すぐに持ち前の単純さで立ち直ってしまったようだ。
 ランディはその様子を見つめていた。最初は不可解だった、ディングの前向きな性格が、ひとたびガルトを見ると理解できたような気がする。それは繊細すぎるガルトに必要な強さだ。周囲の反応に防衛しなくても済む明るさと、単純だが楽天的なものの見方は、ガルトには備わっていない性質である。ふたつの人格は互いに共存し、バランスを取っているのだ。
 「ところでさ、ディング」
 ランディはガルトのことなど言葉の片鱗にすら見せずに尋ねる。ガルトに口止めされたせいもあるが、このまま成り行きを見守って行くのも面白そうだと思ったからだ。
 「トラップ解除の師匠を紹介してくれる、って言ってたよね」
 「ん? ああ」
 「頼めるかな……知っておいた方がいいと思ってね」
 「もちろんさ」
 ランディの予想通り、ディングは二つ返事で引き受ける。
 これでしばらくの間、ランディはケレスに滞在することになる。どのみち強力な死霊と宝玉を探すために、旅人の集まる町を拠点にするつもりであったから、ケレスでの足場ができることは好都合だった。だから、ディングとガルトのことはちょっとした暇つぶしに過ぎなかったのである。

 少なくともこの時は、まだ。

 (end)


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