狂宴

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[日と月の魔剣士][交差の地]

2 商談

 数日後。

 ランディは穀物商人バルザックの邸宅を訪ねた。以前約束していた商談の日である。珍しい鉱石のコレクターでもあるバルザックは、金額によっては取引に応じる気もあるという。ランディも宝玉にふさわしい石であれば、金額に糸目をつけるつもりはない。
 「ようこそいらっしゃいました」
 客間でランディを迎えたのは、神経質そうな壮年の男性である。邸宅のあるじ、バルザックだ。客間の扉と窓のあたりには、警備の者だろうか、屈強な男が数人立っている。
 (あまり商才があるようには見えないな)
 ランディには、バルザックがケレス中の穀物を一手に仕切っているほどの人物には感じられない。
 丁寧に挨拶を述べたランディは、先客がいることに気付く。旅の魔道士らしく、黒衣を身にまとい、痩せこけた顔の中で目だけが奇妙にぎらぎらとしている。先日中心街の店で聞いた噂が、嫌でも真実味を帯びてくる。
 バルザックの紹介では、魔道士とは旧知の間柄らしい。魔道士はぼそぼそと挨拶したが、その目は珍しいものを見るようにランディにたえず注がれていた。その粘着質の視線はランディを不愉快にさせたが、ランディは表情に出さず、にこやかにバルザックとの商談に入る。
 「ノルージさんでしたかな。ケイディアの名家の出の方とうかがっておりますが」
 ランディはノルージ家当主に与えられる、ケイディア国王の紋章が入った腕輪を見せる。国を脱出してからも、魔剣とともにずっと身につけていたものである。
 「おお、これはこれは。してそのような方が、なぜ私のコレクションに?」
 「わがノルージ家は剣士の一族。この剣を飾るにふさわしい宝玉を求めております」
 相手を信用させるためには、使える手はどのようなものでも使う。ランディは優雅な身のこなしで、剣を示してみせ……ふと気付いた。
 魔道士の視線は、ランディに向けられていたのではない。正確にはそれは、ランディの剣に注がれていた。
 「なるほどなるほど。あなたのお目にかなえばよろしいのですが」
 とりあえずは取引の相手として信用を得ることに成功したらしい。バルザックは警備の者に厳重に包まれた箱を持って来させた。
 注意深く開くと、中には大きなダイヤモンドのはめこまれたブローチが入っていた。大きさだけでなく、ダイヤのカットも見事なもので、光の加減によって薄い青色にきらめいた。
 「これが最近手に入れたブルーダイヤのブローチです。内戦で滅びた西方の国の姫君が身につけていたもので、一説にはこれを通じて人を呪うことができるとか」
 「……」
 ランディはダイヤを丹念に観察する。確かに死霊を呼び込む力は強そうだ。
 だが。
 (この程度なら、今の宝玉と大差ない。わざわざ手に入れるほどのことでもないな) 
 ランディは丁重に頭を下げた。
 「バルザックさん、申し訳ありませんが、これは私の探しているものとは違うようです」
 「そうですか。ならばクルーグリッヒさんはいかがでしょう」
 バルザックはランディの剣をまだじろじろと見つめている魔道士に話しかける。魔道士はぼそぼそと、これはすばらしい、ぜひ買い取りたい、というようなことを言った。
 値段の交渉に入った様子を見て、ランディは館を辞する。魔道士の視線がまとわりついているような気分が不愉快だったのだ。

 キースの家。
 「やあ、ランディ」
 ディングがいつもの明るい表情で迎えてくれる。居間ではちょうど会合が終わったところだったらしく、キースをはじめとする主だった者達がそろってくつろいでいた。
 「バルザックの家に行ってたんでしょ? どうなった?」
 ターニャの問いに、ランディは短く答える。
 「商談は不成立。不愉快な魔道士がいたんで、さっさと帰って来た」
 「魔道士?」
 「バルザックの怪しいコレクションを見に来たらしい。人の剣をもの欲しそうにじろじろ見るんで気分が悪くなった」
 「コレクションねえ……いろいろ噂があるけど……」
 「何か気になるのか?」
 「ええ」
 ターニャはうなずく。
 「実は、明日バルザック邸に入るの」
 「大穴か」
 ランディはぼそりとつぶやいた。
 「え?」
 「なんでもない。こっちの話だ」
 「予定ではコレクションには手をつけないつもりだけど、盗品や密輸の疑いがあるわ。そこまで捜査してくれるかしら」
 「ターニャ」
 キースが声をかける。
 「俺達にもできることとできないことがある。まずは庶民に影響のある不正を正すことだ」
 「そうね……父さん」
 ターニャは無理矢理自分を納得させようとしているように見える。ランディはディングにそっと尋ねた。
 「アルバトロスって、いつできたんだ?」
 「10年ぐらい前かな。おやじさんが呼びかけたんだってさ」
 ディングはキースを「おやじさん」と呼ぶ。
 「最初からこうやって、商人や役人の不正を摘発してたのか?」
 「俺はな」
 キースが口を開く。
 「10年前に親父が死んで、盗賊団のリーダーを継いだんだ。だが金のあるところから盗るだけってのは納得がいかなくてな。金の流れを見ていりゃあ、不正があるところはわかる。それを知っていて何もしないわけにはいかないだろうと思ったのさ」
 「はあ……」
 ランディには、自分のためではなく名もない人々のためにあえて犯罪を犯す彼らの心境が理解できていない。いくら被害者達が表沙汰にしにくいとはいえ、危険な橋には変わりがない。彼らはなぜそこまでして義賊であり続けるのだろう。
 「リーダーはな、放っておけないんだよ。不正を見て見ぬ振りをして苦しむ人がいるってことにな」
 ランディの疑問を察したように、カッツが補足する。
 「中心街に行ってみればわかるだろう? 地方からこの町に出てきて、日払いの仕事でかつかつに生きている奴等がどれだけいるか。大商人にせっかく築いた市場を荒らされた零細業者もいる。一方で不正な金で儲けている奴等がいる。それを見て黙っちゃいられないのさ、リーダーも俺達も」
 「それに、私達には誇りがあるわ。誰も知らなくても、人の役に立っているんだから」
 ターニャもつけ加える。彼女が自分の持つ技術に対してああも厳しいのは、自分の仕事への誇りゆえのことなのだろうか。
 「ふん……俺にはよくわからん」
 「わからなくて結構。邪魔しないでいてくれればいい」
 カッツはにべもなく言った。ランディもうなずいてみせる。キースやカッツ達は、ランディを仲間に引き入れはしたが、自分達の主義をもってランディを説得するつもりはなさそうだった。ランディとしてもその方が助かる。どの道、彼がケレスに滞在している間だけの仲なのだから。


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