日と月の魔剣士 1.理を知る者

[index]

1

 なぜ。
 問いばかりが頭の中にこだまする。
 血まみれの部屋。ざっくりと斬られた、生々しい傷口。
 足元で無念の形相を見せて絶命しているのは、先刻まで剣の指導をしてくれていた師である。
 なぜ、こんなことに。
 エスティアは一日の修練を終えて夕餉の支度をすべく、師や先輩達よりも先に道場を辞した。惨劇はその直後に起こったらしい。
 火炎の魔法で薪に火をつけ、湯を沸かそうとしていた彼女が、異変に気付いて道場に戻って来るまでのほんの短い間に、すべては終わっていた。
 師をはじめとして、生き残っている者はいない。剣の手だれが集い修行していたはずの道場は、無惨に斬り裂かれた死体で覆われていた。
 彼女は呆然と立ち尽くす。
「あ、悪魔……」
 駈けつけてきた村人の誰かがそう言った。
 道場は悪魔に襲われたのだ。
 悪魔……蒼月の悪魔と呼ばれ、恐れられている男。魔剣を奮い、気まぐれに集落を襲って殺戮を繰り返す。この国で知らぬ者はいない。
 だが。
 なぜ、先生が殺されなければならなかったんだ。
 なぜ、誰も奴を止めようとしないんだ。
 わかっている。
 あの殺人鬼の力がなければ、隣国の軍事侵攻を防げない。それゆえに誰も奴の殺戮を止められないのだ。魔剣は人の命を吸い、おのが力に変えているという。だから殺戮は魔剣の強さを保ち、軍事大国である隣国、エテルナ公国からこのケイディアを守る切り札であり続けるために必要なことなのだ。
 だが、なぜ──。
 彼女は立ち尽くしたまま目を見開き、ぶつぶつとその問いを繰り返していた。
 なぜ、ノルージ家はあんなふうになってしまったんだ。

 ノルージ家。
 かつて王家に仕え、エテルナ公国から国を守っていた一族である。一族と言っても血縁が連なっているわけではない。ノルージという姓を持つ者が代々当主として開く道場に集う剣士達の集団といった方が正しい。彼らは確かな剣の腕を持ち、厳しい規律のもとに常に行ない正しく王家への忠誠を尽くす選ばれし者達だった。無論のこと、当主は彼らの上に立つ者としてすぐれた腕前と人格を兼ね備え、ふさわしからざる者が持てば災いが及ぶと伝えられる魔剣を御することができる。「日の剣」と俗に呼ばれる魔剣を持つ当主を、もう一振の魔剣「月の剣」を持つ一族の者が支える。そうして、二本の魔剣とその主を中心とした集団は、数百年もの昔からケイディアと王家を守ってきた。ノルージ家はケイディアの誇りであり、剣の使い手たらんと欲する者は皆、ノルージの道場に入るための修行を重ねてきた。
 エスティア・クーンもその一人だった。ノルージの道場は腕と人格を重んじる。性別は関係ない。とはいえ細い体格は決して剣士に向いているわけではなく、むしろ魔術師の道を目指す方が適しているのだが、それでも彼女が剣の道にこだわってきたのは、ひとえにノルージ家への憧れあってのことである。
 だが、ノルージ家はもはやない。七年前、当主を含めた一族全員が殺された。ただ一人生き残ったのは、先代当主の長子、レスター・ノルージである。彼は今もかつての道場にとどまり、自分こそノルージ家の当主だと名乗っているが、そう呼ぶものは誰一人としていない。
 受け継いだ魔剣で一族を皆殺しにした男。彼の持つ魔剣が「月の剣」であることから、いつしか彼はこう呼ばれるようになっていった。
 蒼月の悪魔、と。
 彼がなぜ一族を殺害したのかを知る者はいない。弟が当主の座に就くことを恨みに思ったとも、先代当主との間に確執があったとも言われるが、真相は彼にしか知り得ないことである。また、当主ならば携えているはずの「日の剣」を彼は持っていない。これに関してもさまざまな噂がある。魔剣は持ち主を選ぶがゆえに、蒼月の悪魔には抜くことすらできないのだとか、いや、魔剣自身が道を踏み外した彼のもとから逃げたのだとも言われる。あるいはまた、日の剣の持ち主で当主に指名されていたノルージ家の次男がかろうじて逃げのびたのだという話もある。
 いずれにせよ、真実は知れない。
 むろん、レスターの非道ぶりを見かねて立ち上がった者も多かった。だが、ノルージ家を滅ぼした男にかなうはずもなく、みな月の剣に命を散らしてゆく。手だれの者は殺され、国王は彼の自由を保障せざるを得なかった。
  かくして殺人鬼は捕われることもなく堂々と殺戮を繰り返す。
 そして、彼女の師や先輩達も、その魔剣の餌食となったのだ。
(許さない、よくも!)
 惨劇のあとに立ち尽くしていた彼女の決意。
 それは、復讐だった。

 ケイディア東部、ルフトゥムの町は寂しげなたたずまいを見せていた。
 かつては町はずれの丘の上にノルージ家の道場があり、町は道場入りを目指す剣士達の修行場や武器を売る店でにぎわっていた。だが今は目を疑うほどにさびれ、人の気配のしない町へと変わり果てている。
(こんなに……寂しいところだった?)
 閉ざされた店、手入れをする者もなく、屋根に穴が開いたまま放置された家。
 ノルージ家を滅ぼした悪魔が蹂躪した形跡が、そこここにあった。
 路地には血のしみらしき跡がある。その傍らに供えられている、いくぶんしおれかかった白い花と玩具は、蒼月の悪魔の理不尽な暴力に対する無言の抗議にも見える。
(蒼月の悪魔め……!)
 エスティアは血の海に沈む師の顔を思い出し、再び怒りをあらたにする。
 実際のところ、彼女は怖かった。ノルージ家を滅ぼした男に勝てるはずもないと、自分でもわかっていた。だが、道場と師を失った怒りを思い出し、復讐の念をつのらせ、自らを奮い立たせることで、やっとここまで来たのである。
 今更やめるわけにはいかない。
 その時。
 通りを歩く金髪の男の姿が目に入った。長めの髪を後ろでたばね、腰に片手剣をたずさえている。重装備ではないが、その分身のこなしは軽そうだ。
 だが、なにより彼女の目をひいたのは、その片手剣から立ち上るただならぬ気配だった。
 あれは、ただの剣じゃない。
 魔剣、という言葉が脳裏をよぎる。魔剣を手にルフトゥムの町を歩いていく、金髪の男……。
(奴だ!)
 レスター・ノルージ。蒼月の悪魔。
 次の獲物を探してか、はたまた狩りを終えて戻るところなのか、入り組んだルフトゥムの道を、男は迷うことなく歩いて行く。エスティアはそっと、その後をつけた。
 丘へと至る道の手前で男はふと足を止め、かがみこむ。どうやらすね当てのずれを直しているらしい。
(今だ!)
 彼女は剣を抜くやいなや男に駆け寄る。
「先生の仇っ! 覚悟しろ!」
 叫びながら剣を振りかざし──。
 金髪の男のかがんだ背中に向けて、一気に剣を振り下ろす。
 が。
 次の瞬間、彼女は地面に叩きつけられていた。
 何が起こったのか理解するまでにしばらくかかった。男は背後からの剣を、身体をひねってかわすと同時に、振り下ろされた剣を持つ腕を逆に取り、その勢いを利用して彼女を投げ飛ばしたのである。
「な……に?」
 投げ飛ばされた先が草地だったからか、さほど痛みはない。だが驚きの方が大きかった。
「……基本はまあまあだが、問題が三つあるな」
 男が口を開く。すね当てを直す作業を続けたままだ。自分が襲われたことになどまるで関心を持っていないかのように淡々とした口調である。
「まず力がない。というより、力のなさを補う使い方ができていない。それに叫びながら飛びかかるのは、奇襲向きとは言えんな」
 エスティアはぽかんと口を開け、男を見る。自分が奇襲に失敗したことはわかったが、男の態度が何を意図しているのかが理解できなかったのである。
 それに……と男は立ち上がる。路上に座りこんだまま呆然としているエスティアを見下ろす形になった。二十代後半とみえる青年。剣は抜いていない。
「襲う相手を間違えている」
「えっ……?」
「言っておくが、俺は蒼月の悪魔じゃない。この国で仇と呼ばれるいわれも覚えもないな」
「あ……」
 男は血のような色をした目でエスティアを見下ろす。その目からは、特に怒りのようなものは感じ取れない。
「まったく、これで十九人目か……」
 じつに無感動な口調だった。エスティアははっと気付いて慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「すみませんでしたっ、その……」
「……そんなに似てるのか?」
「え、ええと……」
 蒼月の悪魔の風体は、噂でしか聞いたことがない。長い金髪に長身、冷たい青色をした瞳、そして死者を取りこんだ魔剣……。
 魔剣。そうだ。
 目の前の男の剣の放つ気配は、普通の剣のものではない。
 強い気……あたかも剣自身が意志を持っているかのように、まぶしい光輝をはなつ。魔剣としかいいようのない、圧倒的な力の気配を持っている。こんな剣を持つ者が、レスター以外にいるはずもなかろう。
「その剣の気配が……」
「剣の気か……なるほどな」
 男は一人で納得したようだった。
「こいつの気がわかるのか」
「す、少しは……」
 人の放つ気。ものに宿る気。そういった気配を読み取ることができる。剣士よりも魔術師に向いていると言われた所以だ。
「ルフトゥムの人間ではないな。奴を倒しに来たか」
 エスティアは思わずうなずく。
 男の表情が初めて動いた。整った顔の、口の端をわずかにゆがめた笑み。
「やめておけ。奴はおまえには倒せない。このままおとなしく帰れ」
「でも……」
「隙だらけの俺すら斬れなかったおまえに何ができる? それとも奴に殺されたいか?」
 彼の言う通りだ。師や先輩が誰一人としてかなわず、瞬く間に惨殺された相手。彼女には到底太刀打ちできない。
 はじめから、わかっている。
 だが。
「何か……したかったんだ……」
 うつむいて彼女はぽつりと言う。
「みんな殺されてしまって……入門したかったノルージ家もなくなって……たった一人のせいで……だから、許せなくって……」
 話しているうちにさまざまな感情がわき起こる。ノルージ家に憧れ、向いていないことを承知の上で剣の道を志したこと。どんなに懸命に修行しても上達せず、後輩に抜かれ、それでもあきらめなかったこと。そんな彼女を暖かく見守ってくれた師匠たち。だからこそ深い、蒼月の悪魔への憎悪。
 何もせずにいることなどできない。それは、今まで自分が選び取ってきたもの、歩んできた道を忘れ、覆い隠して生きるということだ。そんな生き方など……。
 ノルージ家を目指した者にとっては恥でしかない。
 だから、せめて。
 気がつくと彼女は泣きじゃくっていた。見ず知らずの、しかも人違いで斬りかかった相手の目の前で。
 どうしても抑えることができなかったのである。
「……やれやれ」
 男のため息に、エスティアは我に返る。
「す、すみません」
 再び謝罪する彼女に、男は暗赤の瞳を向ける。何を思っているのか、表情は読み取れない。だが。
「おまえ、何歳だ」
「じゅ、十六……」
「十六か。随分昔からノルージ家に憧れていたんだな」
 愛想のない話し方だが、冷たさはない。
「小さい頃ケイディアで……御前試合を見て……」
「いつ?」
「六歳の時……でした。次の当主のお披露目で……」
 今もあの光景は目に浮かぶ。まだ若い次期当主が見せた剣技。静かで無駄のない動きが、突如として激しい気迫に転ずる、その静と動の美しさ。ノルージ家の頂点に立つ者の凛とした居ずまいに、彼女は憧れた。
 この人のもとで剣士になりたい。
 自身の性別には頓着していなかった。ケイディアでも名の知れた女剣士は幾人もいる。彼女にも決して不可能な道ではないように思われた。
「……あの時か」
 男は薄い笑いを浮かべる。
「憧れてくれるのはありがたいが、現実を認識すべきだな。あのノルージ家はもうない」
「わかってる……だからって……」
 だからといって、一度目指した道を曲げたくはない。自分の誇りにかけて。
 ふたたび涙を浮かべるエスティアに、男は少しだけ今までとは違う調子の声で言う。
「……まあ、わかる気もするが、な」
「……」
「ケイディアに入ってからここにくるまでに、おまえのような奴を何人も見た。レスターがどれだけ残虐なことをしてきたのかも聞いた」
 この男は……。
 エスティアはふと、不審に思った。他国からの来訪者にしては、ルフトゥムの入り組んだ路地をよどみなく歩いていたし、ノルージ家のことにも詳しいようだ。
 一体、何者なのか。
 男は続ける。
「だがな、怒りや憎しみで向かって行っても、奴は倒せん。それに、奴を倒すのは俺の仕事だ」
「あなたは……」
 思い出した。
 十年前に憧れの目で見た、ノルージ家の次期当主。赤みがかった金髪と赤い瞳。血のような、と形容する者もいたが、彼女の目には強い光輝を放つ太陽のように感じられた。
 それは、彼女が感じ取った魔剣の気だったのかも知れない。だが彼自身とその剣とが一体となり、輝くばかりの覇気として感じられたのだ。
 日の剣の主、ノルージ家の次男。
  ノルージ家とともに滅びたと噂されていたが、 行方の知れぬ日の剣とともに逃げ延びたのだという説もあった。
「まさか……ランディ・ノルージ?」
 次期当主、次男の名。
「そういうことだ」
 別に驚きもせず、男は言う。
「わかっただろう? 帰って静かに暮らせ。それがおまえのためだ」
「あなたは……倒しに行くんですか?」
「俺の仕事だと言ったろう」
「勝てるの?」
 口にしてから、随分失礼なことを口走ってしまったことに気付く。
「どうだろう。俺は一度負けているしな」
 彼は苦笑し、そのまま彼女に背を向ける。ちょうど正面にノルージ家のあった丘……蒼月の悪魔の住処……が見える。
 彼はこれから、実の兄を倒しに行くのだろうか。
「待って!」
 エスティアは思わずランディを呼び止めていた。
「まだ、何か用か?」
「お願い、私も連れて行って」
「危険だ」
 にべもない。だが不思議なことに、突き離した言葉が逆に彼女を巻き込まぬ配慮の表われであるかのようにも思える、静かな口調だった。
「わかってる。でも、あいつの最期を見届けたいんです」
「俺の最期かも知れないぞ」
「あなたは勝つ。そのつもりでここに来たんでしょう?」
 エスティアは頑として退こうとはしなかった。ランディがここに死ににきたのでないことは、剣とともに感じられる彼自身の気でわかる。あの覇気は、いまも少しも損なわれていないのだ。
「……気の見える奴というのも、なかなか厄介なものだな」
 ランディはこちらを向き、苦笑の色を浮かべる。
「言っておくが、自分の身は自分で守れ。あの中に何がいるか、俺も知らないんだからな」
「……もちろんです」
 エスティアはランディをまっすぐに見て、そう言った。

 ノルージ家の邸宅と道場は、丘の頂上にある。曲がりくねった道を歩くのは、これまで馴れぬ長旅をしてきたエスティアにはかなり難儀なことだった。
「無理をするな」
 ランディはそう言うが、エスティアは平気な振りをして歩調を合わせる。
 ここで彼の足手まといになってはならない。
「あの……ちょっと聞いていいですか?」
 疲れを紛らわそうと、エスティアはランディに話しかけてみる。ずっと問いたかったことを。
「七年前……どうしてあんなことに……?」
「……」
 ランディは足を止め、ゆっくりとエスティアの方に振り返る。
 聞いてはならないことだったかと、エスティアは身を固くした。
「……それは奴にしかわからんな。俺にわかるのは、奴が自分の剣を狂わせて最強の力を手に入れた、ということだけだ」
 予想に反して静かに、ランディは言う。
「狂わせる……?」
「人の命を吸って力を得るような剣にしたのは奴だ。禁じられていた秘法を使ってな」
「それで……」
 レスター・ノルージは人を狩る「蒼月の悪魔」と化したのか。
「確かに最強の力だったんだろうな。誰も奴を止められなかったんだから」
 ランディの淡々とした口調からは、一族を殺された怒りや憎しみといったものは感じられない。
 エスティアにはわからなかった。
 なぜそんなに静かなのだろう。
 この、ノルージ家の当主は、何を思ってルフトゥムに戻ってきたのだろう。
 彼女にできるのは、さらに問いを重ねることだけだった。
「あなたは……今までどうしてたんですか?」
「俺か……」
 ランディは皮肉めいた笑みを浮かべてエスティアを見る。そして再び歩き出した。
「あの時俺はこいつのおかげで、重傷を負いながらもなんとか逃げることができた。その後はこいつを鍛えるための旅……さ」
 指し示しているのは、腰の片手剣である。尋常ならぬ光輝を放っているその剣もまた、魔剣なのだろう。
「それが……日の剣?」
「ああ。正式には日影という」
「ひかげ?」
「日が射すことによってできる影のことだ。ついでに言うと、月の剣の名は月影。これは月の光を表わす」
 日の影、月の光。
 一対の魔剣の由来は不明だときく。その名もまた、ひどく謎めいたものに感じられた。
「なんだか……複雑ですね」
 エスティアのつぶやきにランディは答えず、そのまま歩みを進める。
 その後ろ姿を見ながら、エスティアは思う。
 自分がとらわれていた、怒りや憎しみといった感情を越えた彼岸に、この青年はいるのだと。そしてそれこそがノルージ家の当主のあかしなのだと。
 怒りや憎しみで向かって行っても「蒼月の悪魔」は倒せないと、彼は言った。ならば彼自身は、どういう思いで実の兄を倒しに来たのか。
 すぐ前を歩くランディの背中が、不意にひどく遠くに感じられた。
 憧れ続けた「ノルージ家」の背負うものの重さが、一瞬見えたような気がした。

 館の前に二人が着いた時は既に日が暮れようとしていた。
「日が暮れるな」
「ごめんなさい、私のせいで」
 謝るエスティアに、ランディはかぶりを振った。
「気にするな。昼だろうが夜だろうが同じことだ」
 丘の頂上からは、眼下に広がるルフトゥムの町にちらほらとあかりがともっているのが見える。
 そして。
 沈みかけた夕日と、昇りはじめた上弦の月。
 東の空、低い位置に浮かぶ月は、異様に大きく、赤く見える。
「……不思議ですね」
 ぽつりとエスティアはもらした。
「夕日はあんなに綺麗なのに、昇りかけの月って、なんだか不吉な感じがする……もとは同じ日の光なのに」
「……」
 ランディははっとしたようにエスティアを見る。
「……そういえば、おまえの名を聞いていなかった」
「エスティア・クーン」
「エスティアか……」
 ランディはしばし沈黙し、それから意外な言葉を口にした。
「……悪かったな」
「えっ?」
「おまえが来るまで、ノルージ家を守れなくてすまなかった」
「そんな……」
 ノルージ家の当主に、そのような言葉をかけられるとは。
 言葉を失うエスティアに、ランディはさらに続ける。
「ノルージ家は、一つの謎を代々伝えてきた。それを解き明かすことのできる者は、一対の魔剣の主となることができるという。その時が来るまで、魔剣と謎を伝えていくのが一族の使命だった。人の道を教えるのも、魔剣を正しく伝えていくためだったのさ」
「謎?」
「そう。『日と月の理』を明かせ、と」
「……?」
 日と月の理。
 一対の魔剣は「日影」と「月影」。
「それって、魔剣の名前と関係があるんですか?」
「その通り。おまえの言葉はなかなか核心をついている。剣の使い手としてはともかく、後継者としての見込みはあったかも知れん」
 だから、守れなくてすまないと謝ったのだろうか。
「それで……あなたは謎を解いた、と?」
「それはわからん。だがこれから明らかになるだろう」
 ランディは鞘のままの剣で、地面をとん、と突いた。
「!」
 エスティアは目を見張る。ランディの突いた点を中心に、目に見えぬ力の波が感じられたのだ。水面に投じられた石の描く波紋のごとく、それは空気をぴりぴりと震わせながら広がっていく。
「今のは?」
 エスティアは驚いて尋ねたが、ランディは謎めいた笑みを浮かべるだけだった。
「行くぞ。おまえの師の仇を討ってやる」
 エスティアは振り返り、そびえたつ館を見上げた。館は不気味なほど静かにたたずんでいる。
 夕闇の迫る空に、そのシルエットが威容をもって浮かび上がる。
「!」
 不意にぞくりと身を震わせるような気配を感じた。
 館の中に、なにかがいる。
 身を固くしたエスティアに気づいたのか、ランディは軽くエスティアの肩を叩く。
「狂った月影の気だ。日影に反応している。怖ければここに残れ」
「……いえ」
 ここに来るまでに何度もねじ伏せてきた恐怖を、やっとのことで抑えつけ、彼女はかすれた声で答えた。
「行きます。見届けると誓いましたから」
「そうか」
 ランディもそれ以上問おうとはしなかった。館の正面玄関に立ち、扉に手をかける。
 扉は来訪者を迎え入れるかのように、軋んだ音を立てて開いた。

 扉が開いた、その瞬間。
  ──助けて!
  ──痛い……痛い……苦しい!
  ──あああ、やめて、やめてっ!
 声の波が、エスティアを圧倒した。
「!?」
 思わず一歩引き下がったエスティアに、ランディが声をかける。
「おい、どうした?」
「あ……」
 ランディは気づいていないのだろうか。
 この、悲痛なまでの叫びに。
「いえ……だ、大丈夫です」
 そうは言ったものの、彼女の頭の中に何者かの声が響く。
  ──誰か助けて……。
 館の中に、その声は響き渡っていた。だが、人には聞こえぬ声らしく、ランディは気づかぬように先を進む。エスティアもその後に続きながら、声の主について考えていた。
 どうやら女性らしい。ひどく苦痛を受けて、助けを求めている。だが、ランディに聞こえないということは、月影の気とは異なるもののようだ。
(一体……?)
 その声を除けば、館の中はひどく静かだった。薄暗いホールに最低限のあかりがともされてはいるが、人の気配はない。
 レスターは国王に対して、罪に問わないという保証と館を管理する使用人を要求し、国王はその要求をやむなく呑んだという。それゆえ、広大な館はきちんと維持されてきたが、かつての面影はもはやない。
 ランディは迷うことなく邸内を歩いていく。まるでレスターの居場所を知っているかのようだった。エスティアもあとに続く。
 静かな、だが狂った魔剣の気配に満ち、謎の女性の声なき悲鳴の響き渡る館。
 ひどく気味悪く、恐ろしいものがどこかに潜んでいるような──そんな気がした。

 階段を上り、回廊をめぐって、二人は上階を目指す。
 一歩進むごとに、狂気と苦痛に満ちた空気が濃密になっていくような気がする。
 ほどなく、エスティアは気づいた。
 悲鳴を上げているのは、一人ではない。女性の声に混じって、大勢のうめき声や苦悶の声が聞こえる。
 血に彩られた、死者の悲鳴。──そんな表現がいかにもふさわしい。魔剣に命を散らした者達の怨念なのかも知れないと、エスティアは思った。
 レスター・ノルージはその中心にいるのだろうか。「悪魔」の名にふさわしく、命を喰らう剣を片手に。
 エスティアの足が遅れがちなのに気づいてか、ランディが振り返る。
「辛いか」
「……少し」
 さすがに大丈夫だとは言えない。悲鳴を意識しないようにするにはかなり神経を張りつめている必要があった。
「無理もないな。これだけの死霊が集まっているとは俺も思わなかった」
 ランディにもこの悲鳴は聞こえていたのだろうか。
「あの……女の人の悲鳴は……何?」
「!」
 ランディは明らかに驚いた表情を見せた。
「女の……悲鳴?」
「助けてって……この館に入った時からずっと……」
「……」
 ランディは不意に厳しい表情になり、黙り込む。
「そうか、やはりここにいるのか……」
 ややうつむき加減に低く呟いたランディの声には、それまでの静けさとは異なる、どこか痛切な響きがあった。
 が、それは一瞬のことだった。まっすぐに上げた顔は、いつもと変わらぬ落ち着いた表情である。
「あの……?」
「先に進むぞ。無理そうなら戻ってもいい」
「あ……いえ、大丈夫です。行きましょう」
 そうだ。ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
 エスティアはきっと前を見据え、ランディの後をついて歩き出す。
 ランディにもきっと、秘められた過去があるのだ。実の父や親族、道場の仲間を殺した兄を討ちにやってきたにもかかわらず、ここまで静かに気を保つことができる……そのような心境に至るまでの経緯は、エスティアには伺い知ることはできない。
 それに、今はそれを詮索すべき時ではない。
 今の自分にできることは、ただ、見届けるだけだ。だから、それがどんなに辛いことでもやりとげてやろう──そう、エスティアは思った。
 そして。
「この先は空中庭園になっている。奴はそこで待っているようだ」
 いかめしい装飾の施された扉に手をかけ、ランディはいつもの静かな口調で言った。
 エスティアは息をつめ、扉が開け放たれるのを見ていた。

 館の上層につくられた庭園。空を覆う闇の中、昇りかけの月に照らされ、その男はたたずんでいた。
 蒼月の悪魔と呼ばれる男。
「遅かったな、ランディ……」
 整った顔立ちに残忍な笑みを浮かべて弟を迎えるその姿は、狂気に満ちた独特の美しさを放っていた。手にした片手剣からは、先刻から感じていた狂気と苦痛の気配がほとばしる。対の剣とは言いつつも、その気はランディの剣とはまったく異なるものだった。
「……」
 ランディは無言で兄の正面に進み出る。レスター・ノルージは尊大な口調でランディに言い放つ。
「おまえを倒し、その剣を手に入れる日を、ずっと待っていた」
「……あいにくだが、それは無理な話だ」
 ランディは静かに答える。倒すべき相手を目の前にしてもなお、その静かな気は動じることがない。
「大層な自信だな。おまえにミルカの仇が討てるのか?」
 レスターの声は、明らかに嘲笑を含んでいた。かつて一度は重傷を負わせたことからくる自信だろうか。それでもランディの静かな気は揺らぐことはなかった。
「レスター。俺は復讐に来たのではない。ノルージ家当主として、おまえを粛清しに来た」
「なんだと?」
「おまえは月影の主でありながら、一族の掟を破り、伝えられてきた道を踏み外した。その罪、死をもって償ってもらう」
「……面白い」
 レスターは不敵な笑みをうかべ、すらりと月影を抜き放つ。
「おまえが俺に勝てるのか、試してやる。生き残った方が当主というわけだ」
「……」
 ランディは無言で剣を抜き、構えをとる。
 ややあって。
 彼が一歩踏み込んだ瞬間を、エスティアは生涯忘れることができなかった。
 静から動への転換。
 それまでの静かな気が、瞬時にほとばしる覇気に転じ、日影の気と一体となって蒼月の悪魔へと襲いかかる。それはあまりにも鮮やかで力強く、輝いて見えた。
「!」
 レスターはランディの攻撃を剣で受け止め、その反動を利用して横に跳躍し、反撃に転じる。彼もまた、並の腕前ではない。
 剣と剣の激しい応酬
 その様子をエスティアは半ば呆然と眺めていた。これほどの達人同士の、かつ命がけの戦いを、エスティアはそれまで見たことがなかった。
 斬り結ぶ剣の響きは絶え間なく、覇気と狂気がせめぎ合う。
 二人の気迫も実力も、まったく互角に思われた。
 が。
(?)
 エスティアは首をかしげる。
 何かがおかしい。
 剣を交えるごとに、月影の気が弱まってきていた。苦痛と狂気の気配が、ランディと日影の放つ覇気に呑み込まれ、消えようとしている。
 エスティアにはそれが、あたかも日影によって苦痛にうめく死霊たちが浄化されているかのようにも見えた。
「クッ……」
 レスターの表情から、余裕の笑みが消えている。月影の気が弱まるとともに、蒼月の悪魔は明らかに劣勢に転じつつあった。
 そして。
「日の光を浴びて輝け、月影!」
 ランディの叫びとともに、レスターの剣が弾かれ、宙を舞う。
 それは、空中で向きを変え、まるで剣自身が意志を持っているかのように、主であるレスターの胸に深々と突き刺さった。
「なぜだ……月影が……」
 敷石に縫い止められるように仰向けに倒れたレスターがうめく。ランディは剣を片手に、致命傷を負った兄を見下ろした。
「月影が正気に戻ったのさ」
「な……んだと……?」
 ランディは静かに宣告する。
「おまえは何もわかっていない。日影がおまえを選ばなかった理由も、宝玉の秘法が禁じられていた理由も。それどころかおまえは、ミルカを宝玉に変えたことによって月影を歪んだ魔剣に変えてしまった。あの時からおまえは、月影の主の資格を失っていたんだ」
 言いながらランディは、レスターに突き立ったままの月影に歩み寄り、柄にはめこまれた石を外す。
(あれは……)
 ずっと聞こえていた女性の悲鳴は、この石から発せられていたものだったことを、エスティアは悟る。
「ミルカ……おやすみ」
 ランディは石に語りかけていた。あの悲鳴の主の名だろうか。
 彼の掌の中で、石はすっと溶けるように消える。
 悲鳴も苦痛のうめき声も、石とともに消えていった。
 何が起きたのか、あの石は何なのか、エスティアにはわからない。ただひとつはっきりしているのは、蒼月の悪魔がその力の拠り所を失ったということだけである。
「ばかな……こんなことが……」
 レスターの口から血の泡があふれ、庭園の敷石を濡らす。瀕死の兄に、ランディは冷徹な目を向ける。
「レスター。おまえは月の光が何なのか、考えてみたことはあるか?」
「な……に……?」
「月は日の光を受けて輝く。みずから光っているわけではない。だが、日は照らされるものがなければ影を落とすことができない。地があってはじめて日と月はそれぞれの存在たりうる。地において互いを補いあうがゆえに、日影と月影、そしてその主は対をなす。それが……日と月の理だ」
「……」
 レスターの答えはない。だらりと下がった手が、彼の命の終焉を物語る。
 蒼月の悪魔は、自らの剣によってその血まみれの生涯を終えた。
「これで……すべて終わったの……?」
 エスティアの問いに、ランディは答えない。無言でレスターに刺さったままの剣を抜く。
「?」
 エスティアは目を疑った。
 二本の剣が輝きを放っている。まるで互いに共鳴し合っているかのように、異なる輝きがとけ合い、一つになっていった。
 やがて。
 輝きがおさまった時、ランディの手には一振りの剣が握られていた。形は日影に似てはいるが、その剣が放つ気は、日影のものでも月影のものでもない。
「これが……真の姿、か」
 ランディはつぶやいた。
「真の姿?」
「ノルージ家が代々謎を伝えてきた、と言っただろう? それは、この剣の主となる者が解くべきもの。月影をレスターの手から取り戻すには、俺自身が月影をも御することができなくてはならなかったのさ」
「じゃあ……」
 伝えられてきた謎は解け、一対の魔剣も真の姿を取り戻した。一族の最後の生き残りによって。ならば、ノルージ家はなにを受け継いでいくのか。
 さらに問いを重ねようとして、エスティアはふとめまいを感じた。
「……っ」
「どうした?」
「……なんだか……気にあてられ……て……」
 気と気のぶつかり合う激しい戦闘を目の当たりにした緊張感が一気に抜けたせいか、不意に猛烈な疲労感がエスティアを襲う。
「おい……!」
 意識が、遠くなる。
 ランディの声が、どこか遠くで聞こえたような気がした

「……よろしくお願いします」
「ええ、ご安心くださいまし」
 どこかで、誰かが会話している。
 一方はランディのようだが、もう一方はエスティアの初めて聞く声だった。
 半ばもうろうとした意識の中で、誰だろう、と、エスティアは思う。だが気のぶつかり合いに疲労した体力と気力はまだ回復しておらず、目を開けることすらできなかった。
 夢うつつのままに、会話が耳に入ってくる。
「……今まで、申し訳ありませんでした。あなたには何とお詫びしたらよいか……」
 ランディが痛切に絞り出すような声で謝罪している。相手──落ち着いた女性の声のようだ──は、そんなランディをとどめるように答える。
「いいえ、あなたがご自分を責めることはありませんわ。すべてはわたくしが、娘の将来を勝手に決めてしまったせい。あなたは娘を救おうとして下さったのよ」
「でも……俺はかえってミルカを……」
「ランディさん」
 女性は優しく、さとすように言う。
「娘は、もう苦しむことはないのでしょう?」
「……」
「ならば、もういいのです。あなたは娘を救って下さったのですから……」
「……」
 女性の声に、ランディが何か答えている。
 だが、それはもう聞こえない。
 エスティアは再び、深い眠りの底に沈んでいった。

「お目覚めですか?」
 気がつくとエスティアはベッドに寝かされていた。使用人の格好をした初老の女性が、心配そうに覗き込んでいる。
「あ……ここは……?」
「ノルージ家の館です。ランディ様のご命令で、あなた様の看病をするようにと……」
「すみません……」
「いいえ、お気になさらないでくださいな」
 使用人らしからぬ優雅な微笑みを見せる女性の声。どこかで聞いたことがあるような気がする。あれは夢だったか……それとも……。
「ランディさん……は?」
「先ほど旅立たれました。あなたにはくれぐれもよろしく、とのことでしたわ」
「あの、どこへ……?」
「王都で国王陛下に会われたあとは、帝国の方へ向かうそうです」
「そうですか……」
(行ってしまった……)
 もともとエスティアは、館に向かうランディに勝手についてきただけのことだ。無言で去ってしまっても不思議はない。むしろ看病を使用人に託してくれただけでも親切すぎるくらいだ。
 だが、どこか胸に穴のあいたような感じがするのはなぜだろうか。
 彼はもう、ここへは戻って来ないのではないか──そんな気がしてならない。
 ノルージ家は、このまま絶えてしまうのだろうか。
 女性のついでくれたハーブティを飲みながら、エスティアはぼんやりとそんなことを考えていた。
「それから、ランディ様よりあなたに伝言があります」
「伝言?」
「この先、もし都合がつけば、王都のアリエティという道場を訪ねて欲しい、名乗ればわかるよう、話を伝えておくから……とのことでした」
「あ……はい」
「まあ、どうなさるにしても」
 女性は微笑を浮かべた。
「かなりお疲れのようですから、しばらくここで休んでいって下さいまし」
「はい……すみません」
 エスティアはカップを置き、再び目をとじる。
 復讐に燃え、レスターだと勘違いしてランディを襲撃し、その後、半ば強引にランディのあとについて館を目指したこと。道中、ランディがぽつぽつと話してくれた、日と月の一対の剣とノルージ家の使命。館に響き渡る女性の悲鳴を聞きながら目指した空中庭園。そして、日と月の理を解き明かした当主の前に敗れ去った蒼月の悪魔──。
 たかだか半日ばかりの間に、ひどく多くのことが起こったような気がする。それはあっという間のことのようでもあり、長い長い事件だったようでもある。
 ともあれ、すべては終わった。
 蒼月の悪魔も、日と月の剣を手にしたノルージ家当主も、もういない。
 彼らの間の確執も、ミルカという女性のことも、もはやエスティアの関知するところからは遠ざかってしまった。
 そして、彼女が憧れ続けたノルージ家も、もはや──。

 王都ケイディア。アリエティ道場。
 ランディの伝言通り道場を訪ねたエスティアを迎えた道場主は、まだ若い男だったが、道場主にふさわしい威厳と、それでいて礼をつくしたものごしをわきまえているようだった。
「レオナール・ディアスと申します。あなたのことはランディ様からうかがっております」
 丁重に迎え入れられた道場の中では、多くの門下生達が稽古にいそしんでいる。エスティアも慣れ親しんだ光景だ。
「どうです? この道場は」
「え? あ、ええと、活気がありますね」
 慌てて答えるエスティアに、レオナールは微笑する。
「ここは再建されたばかりなのです。この七年間に亡くなった武人達の遺志を継ぎ、ノルージ家に代わって国を守る者達を育てるために」
「ノルージ家に?」
「私もですが、中心となっている者はみな、ノルージ家の道場にいつか入門することを志していました。そして、及ばぬことを承知で蒼月の悪魔に挑もうとし、人違いでランディ様に斬りかかってしまったんです」
「あなたも?」
 エスティアは目を丸くする。落ち着いた風格のこの男も、自分と同じ勘違いをしでかしたのか。
「ええ」
 レオナールは悠然と笑ってみせる。
「我々の世代は、ノルージ家に入門するには若すぎた。七年前の事件で目標を失い、それでも何かせずにはおれなかった……あなたも、そうでしょう?」
 エスティアはうなずく。
 レオナールの言う通りだった。かつて憧れた場がもはやないことを承知の上で、だが胸に秘めたものを失わなかった若者達。彼らがランディとの出会いをきっかけに集い、新たな道場を作り上げようとしている。ここはそんな場なのだ。
 ランディ・フィルクス・エ・ノルージは恐らくケイディアへは戻って来ない。だが彼と出会った若者達が、ノルージ家の道を継ぐ一門を築いていける。自分もその一人なのだ。
 そう、エスティアは思った。

 エスティア・クーンはその後、アリエティ道場で師範の一人として門下生を指導してゆくことになる。ノルージ家が魔剣を継承するがゆえに剣の使い手だけを育てていたのに対し、アリエティは槍術や魔術を含む様々な技を修行する場として、ケイディアの新たなる守り手を育成していった。
 だが、術がいかに多岐にわたろうと、ノルージ家の遺した規律と、最後のノルージ家の当主──日と月の魔剣のあるじの物語は、決してすたれることはなく伝えられていった。

(終)

[index]