学術雑誌「神話研究」 投稿論文

神なき宗教の発祥:ウドゥルグ伝説の真偽に関する一考察

バリュドー・レクファス(ギルフォード神話研究所研究員)

 

1.序論

 神は存在するか?
 このような問が意味を持たないことは、賢明なる読者諸君には既にお解りのことと思う。何故ならば、神が存在するという証明は容易になしうるものであるからだ。ある神を崇め、その教えを忠実に守る者が起こす奇跡は、その神が自分を崇拝する者に対して相応の報いをもたらすことの現れである。従って、奇跡の背景に、神の実在が前提となっているのである。
 しかし、神あるいは神に似た超越的な存在として信仰を集めてはいても、その実在を証明できない事例というものが、確かに存在する。いわば「神なき宗教」というべきものである。
 筆者はこの小論で、その典型例を紹介することにしたい。レーギス大陸北部の一部の島や地域に伝わる「ウドゥルグ伝説」をもとに、伝説に語られている超越的存在=破壊神ウドゥルグが、その実在をなんら証明できないにもかかわらず、今もなお信仰の対象となっていることの指摘と、その背景となった歴史的事実の推測とが、この小論の主題である。

2.ウドゥルグ伝説

 レーギス大陸北部の一部の島や地域に「ウドゥルグ伝説」と呼ばれる伝承が伝わっている。最初にこの伝説の概略を示すことから始めたい。
「ウドゥルグ伝説」は地域によって様々な形で伝えられている。しかし、諸説の構造には共通点が存在する。
 地域を越えて共通している伝説の構造をここに示す。
 a.「ウドゥルグ」という名の破壊神もしくは「魔王」の存在
 b.「ウドゥルグ」が地域の住人を苦しめたエピソード
 c.住人の一部もしくは全部が立ち上がり、「ウドゥルグ」と戦ったことの記述。
 d.追放され、北方の島「ダーク・ヘヴン」に封じられた「ウドゥルグ」。
 e.「ウドゥルグ」復活の暗示

 詳細なエピソードや「ウドゥルグ」追放に関わった人物名や人数などは地域ごとに大きく異なる。しかし上記のa〜eの要素はいずれの伝説にも必ず含まれている(ダーク・ヘヴンについては注を参照のこと)。

 例1 ラクタ島に伝わる伝承

 はるか昔に、人々に死を与えるためにウドゥルグという名の破壊神が降り立った。ウドゥルグは人の寿命を操ることができ、多くの人を殺した。村一番の戦士パレオスが剣をとって神に立ち向かい、北の島で倒した。しかし破壊神はいつか傷を癒して蘇るだろう。この時から、破壊神の封じられた島は「ダーク・ヘヴン」と呼ばれるようになった。

 例2 コルリス村に伝わる伝説

 破壊神ウドゥルグは命あるものすべてを憎み、破壊しようと考えた。まず彼は疫病をはやらせ、ついで天から火を降らせた。村人はたったの9人になってしまった。9人は破壊神を倒そうと考えたが、剣では太刀打ちできなかった。そこで高名な賢者の助けを借りて策をめぐらし、破壊神を罠にかけてとらえ、北の海の彼方にある島へ追放した。賢者が島を封印し、破壊神は2000年の間、島から出ることができなくなった。島の名を「ダーク・ヘヴン」という。

 例に見る通り、詳細部分の差異はあるものの、両者はほぼ一致している。ラクタ島とコルリス村との交流は記録には残っていない。従って、なぜ同様の伝説を離れた2つの村が共有しているのかが問題となる。
 この問題について、次章で述べることにしたい。

3.伝説の事実と虚構

 伝説は必ずしも真実を語り伝えるものではない。その中には少なからず誇張や象徴的内容が含まれる。だが、それはまったくの虚構というわけではない。とりわけ、異なる地域に同じ構造をもった伝説が伝わるという事実に、我々は注目しなければならぬ。この事実は何を意味するものなのか。何らかの事実が伝説の中に隠されているという前提が成立するのではなかろうか。
 すべてが事実というわけではない。だが、重ねて強調するが、すべてが虚構とは限らないのである。「ウドゥルグ伝説」の場合も然りである。それではどの部分が事実で、どの部分が虚構と判断できるのであろうか。
 まず、「ウドゥルグという名の破壊神の存在」についてであるが、現在のところ、存在しないという証明は不可能である。しかし存在するという証明もなし得ない。なぜならば、破壊神は北の島「ダーク・ヘヴン」に封じられていると言われているが、周知の通り「ダーク・ヘヴン」であると言われているヘスクイル島への出入りは困難であり、現地での調査が不可能だからである。ヘスクイル島の住人達は、破壊神ウドゥルグを崇める宗教教団(以下、ヘスクイル教団)を組織していると伝えられるが、その真偽は定かではない。また真実だったとしても、それが即破壊神の存在を実証するものとはいえない。
 通常の宗教組織では、神と神を信じる者たちの間に必ず何らかの交流が存在する。たとえ一部の僧侶や神官に対してであったにせよ、神もしくは超越的存在の意志を聞き、伝える者が存在する、もしくは神自身が何らかの奇跡などの現象を生ぜしめることは確かである。そうでなくては、神は自らの存在を人々に知らしめることができない。
 しかしヘスクイル教団の場合に、崇められている破壊神と人々の間に交流は存在しない。人々が祭や儀式を行うことはあっても、破壊神の側から人々への働きかけがあったという記録は、筆者の知る限りでは存在しない。
 恐らく、ヘスクイル教団の信徒達は、その理由を破壊神が封じられているからであると反論するであろう。だが、破壊神が封じられているとされる場所は「ダーク・ヘヴン」としか知られていない。それがヘスクイル島を指すのであったとしても、島のどこに破壊神が封じられているのかま不明である。どこに封じられたかもわからぬ破壊神の実在性は証明不可能である。
 だが、たとえ実在しなかったとしても、実在するものと仮想することは可能である。そしてその仮想に基づいて儀式が生まれ、宗教へと発展していくこともまた可能である。仮に、破壊神ウドゥルグが仮想の存在だったと考えてみよう。すると二つの疑問が生じる。
 一つ目は、なぜ「ウドゥルグ」という名の破壊神が仮想されたのかということであるが、この問題については後述することにする。
 二つ目は、伝説の中で大勢の人を殺したのは何者だったのかということである。破壊神が仮想の存在であったにせよ、何者かが殺戮を行い、追放されたという伝説が残っていることは事実である。ウドゥルグ伝説に隠された事実は、まさにこの部分にあるのではなかろうか。
 伝説の残る地域で調査を行ったところ、幾つかの地域で破壊神と戦った時に使用したと伝えられている武器や防具が残されている。多くは年月による損傷が激しかったが、幾つか極めて保存状態のよい防具が発見された。それらの防具には、多くの矢によると思われる傷が認められた。
 これは重要なことである。超越的存在と伝えられている神が、矢をもって攻撃したとは到底考えられないからだ。
 以上よりある仮説が導き出される。

4.ウドゥルグ伝説の真相に関する仮説

 結論を先に述べよう。

「ウドゥルグ」という超越的存在=破壊神が殺戮を行ったとするのは誤りである。伝説の伝わる地域で殺戮を繰り広げたのは超越的存在ではなく、普通の人間もしくは人間に近いいずれかの種族の集団であった。その残虐さゆえに破壊神という象徴的存在として、伝説に名を残すこととなったのである。その集団の名前、もしくは彼らを結束させる拠り所となるもの(信仰する神、集団の長などが考えられる)の名が「ウドゥルグ」であった。
 彼らは地域の住人の激しい抵抗によって追われ、「ダーク・ヘヴン」へと逃れて行った、もしくは住人によって捕らえられ「ダーク・ヘヴン」へと追放されたのであろう。そしてその末裔がヘスクイル教団なのである。
 この推測は、ヘスクイル教団が破壊神ウドゥルグを崇めていることとも何等論理的矛盾を持たない。事実、ヘスクイル島の住人はかつて大陸北部から移住したということは、人種的特徴から考えて明らかであろう。大陸暦510年にデザクトで暗殺者として捕らえられ、自殺した男の身体的特徴を調査した記録によれば、両者はきわめて酷似している。
 しかし、この仮説が正しいにせよ、彼らが奉じていた「ウドゥルグ」とは一体どういう存在なのかという謎は残る。現在ヘスクイル島で見られるように、彼らの信じる超越的存在の名が「ウドゥルグ」であるとすれば、なぜ、他の地域で「ウドゥルグ」に関する信仰のあった形跡が見つからないのであろうか。また、「ウドゥルグ」は初めから「破壊神」だったのであろうか。
 この問題については、以下のように考えられる。
「ウドゥルグ」という超越的存在、もしくは信仰対象は、初期には「破壊神」とは思われていなかった。各地に見られる宗教組織と同様「神」であった可能性も考えられる。しかし、何らかの理由で教義が変質し、次第に破壊神と見られるようになっていった。この間「ウドゥルグ」は(仮に存在しているにせよ)信者との交流を行っていなかったため、教義が信者に都合のよいように変えられていったのかも知れない。そして、宗教的理由によって殺戮を行った。その殺戮の歴史は、彼らを追放した住人たちにとって忌まわしいものであり、「ウドゥルグ」の名が破壊神の名として記憶にとどめられるようになったのである。そして信者達も自らそれを認め、破壊神信仰の集団として現在に到るのである。

5.おわりに

 しかしこれらは推測によって打ち立てられた仮説にすぎない。これを証明するためには、さらなる調査、とりわけ「ダーク・ヘヴン」とされているヘスクイル島における調査が必要となろう。知っての通り、ヘスクイル島は他の国々との公式な交流をしておらず、内部を知る手がかりは極めて少ない。筆者は今後、仮説の実証のためにヘスクイル島での実地調査を行う予定であるが、さらなる困難が予想される。しかしこの実地調査を行わなければ、ウドゥルグ伝説に関する研究は終結しないであろう。


注 ダーク・ヘヴン

 暗黒大陸とも呼ばれる、北方の島。闇に染まった者や、恐怖や悲しみ、死をもたらす者の住み処とされ「ウドゥルグ伝説」の他にも様々な伝説に登場している。ヘスクイル島(ヘスクイル国)が「ダーク・ヘヴン」にあたるとされている。
 ヘスクイル島はレーギス大陸よりもはるかに北方の海上に位置し、岩山と針葉樹林に覆われた、気候の厳しい島である。島の住人は「破壊神ウドゥルグ」を崇める信仰の信者と言われており、島の外との公式な交流はない。しかし各地で見られる「覆面商人」と呼ばれる出身地不明の商人は、ヘスクイル島の商人だと言われている。また、ヘスクイル教団の末端組織として暗殺組織があり、島外からの依頼にも応じているという。しかし、すべては噂に過ぎず、真相は謎のままである。謎に包まれているがゆえに、「ダーク・ヘヴン」の名は忌まわしい響きをもって人々に受け止められているのが実情である。


編集委員会 注

論文著者バリュドー・レクファス氏は、論文を投稿してから20日後に逝去された。死因は様々な憶測を呼ぶものであったが、依然として謎のままである。氏の主張は非常に興味深いものの、論拠に乏しいことが欠点であった。しかし、計画中のヘスクイル島へのフィールド調査がなされていれば、あるいは、ケレス魔法学院出版局より翻訳・出版された『記号魔法』(原著者不明、ウィルビアー,D. 訳)を氏が目にしていれば、研究の今後の発展は大いに期待できるものであった。それだけに、氏の逝去は編集委員会としても非常に遺憾であり、謹んで氏の冥福を祈る次第である。