魔の島のシニフィエ

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第四章 革命

2 決意

 696年7月14日。
「……以上6名の身柄は、反乱分子の首謀者の出頭をもって解放する。期日は8月14日夕刻。出頭なき場合は6名を処刑する」
 ドリュキス。「ランクス」の会合。
 昨日張り出された公示文書の写しを、ベイリーが読み上げた。
「だとよ。どうする?」
「……」
 皆の視線が、デューイに集中した。
「デューイ、どうするの?」
 アリスの問いに、デューイは顔を上げる。
「……考えてたんだ」
「なにを?」
「教団に捕らえられた後の作戦」
「作戦? なにかやるつもりなの?」
「うん」
 デューイは一同を見渡した。
「僕らは今まで、結束を固めつつ時期を待っていた。今必要なのは、教団の情報や剣の使い手ではなく、きっかけなんだと思う。教団は、首謀者一人を処刑すれば、あっけなく崩れる程度の反乱組織だと思っているのかも知れないけど、それを逆に利用すれば、僕自身がきっかけになることができる」
 首謀者として教団に出頭し、殺されるのは自分である。何か起これば矢面に立つと、もとからそう宣言していたのだから。だがそう思っている割には、デューイは冷静だった。いつかこんな日がくることは覚悟していたとはいえ、なぜ落ち着き払って自分の死の話ができるのか、どこかで不思議に思っていた。
 少なくとも、無駄に死にはしない。人々を必ず圧政から解き放つ。その代償が自らの命だったとしても。
「教団も、そのあたりを狙うかも知れん」
 腕組みをして壁によりかかっていたランディが口を開く。
「俺が教団ならせいぜい派手に処刑を公開して、民衆に絶望を与える。おまえは逆に、その時を利用して民衆を扇動するつもりなんだろ?」
「まあ、そういうこと」
「できるの? そんなことが」
 アリスが驚きの声を上げる。
 反乱組織の一員とはいえ、彼女は戦闘要員ではない。いざとなれば武器をとって戦う覚悟はあるし、それなりに剣を使うこともできるが、実戦経験はなかった。そんな彼女はいつも、デューイ達元ロルンがてきぱきと作戦を立て、遂行していく様子をただ見ているしかできなかった。
 もっともそれは、ランクスのほとんどのメンバーに共通する思いである。
 自分達の島を解放するのに、結局元暗殺者や島外の人間に頼ってしまっている。
 それは、複雑な気持ちだった。ロルンの武力に対抗するには他に方法がないとはいえ、自分達にできることはなにもないのか、という無力感にかられることもある。
 デューイもそのことに気付いていた。ロルンと戦い、敵の戦力をそぐ……つまり、かつての仲間だった暗殺者を殺すということを、デューイは自分やガルト、ランディ、数名の元ロルンの者達だけにさせていた。普通の人々を危険な目に遭わせまい、人殺しをさせまいと気遣ったためである。
 手を汚さねばならないのであれば、自分の手で……それが、デューイの主義だった。
 戦い、蜂起する以上、彼らもいつかはその手で誰かを殺さねばならなくなるかも知れない。あるいは彼ら自身が血を流すかも知れない。できうることならば、そのどちらにもなって欲しくはない。だが一方で、その気遣いが彼らの無力感をあおっていることもわかっている。
 自分がいたところで、ここで何ができるわけでもない……。
 そんな思いが結束を揺るがすことが、デューイにとって心配だった。
 だからこそ、思いついた作戦。
「幸い、時間に余裕がある。みんなが協力してくれればできるよ」
「協力? ……でも……」
「大丈夫」
 デューイはやわらかな微笑みをアリスに向ける。
「今、ガルトが捕らえられた人達の安否と警備の情報を集めてる。二、三日中には帰ってくるはずだ。……今はまだ大まかな作戦だけどね」
 作戦のあらましを皆に伝え、デューイは外に出る。
 風が暖かい。短い夏のあかしだ。
(……僕は)
 デューイは埠頭にたたずみ、思う。
(僕は、なにをやろうとしているんだろう)
 処刑は、おそらく市民に公開される。前例から考えて、恐らく火刑だろう。処刑台の上までは、デューイが自分で登らねばならない。そのわずかな隙を利用して、教団の者達に呪縛の魔法をかける。人々に紛れ込んだ元ロルンの仲間達がサポートし、数分間だけ、教団側の動きを封じるのだ。その間にデューイは教団の嘘を知らせる。アリスたちはそれを受けて人々を扇動するサクラとなる。
 サポートの配置、呪縛のタイミングなどは調整済だ。あとはレブリムからの情報をもとに、細かい位置を調整し、指示を与えればよい。
 たとえ教団の動きをわずかな間封じたとしても、処刑台の上のデューイはほぼ確実に殺されるだろう。重要なのは、それでも人々を絶望させないことだ。デューイの死を、自由をかち取るための鍵にしてやることだ。
 最も大きな問題は、どうやれば人々が動いてくれるかということだった。人々をまとめあげるための、強力なよりどころとなるものが必要である。
 「ウドゥルグ」。
 教団が「ウドゥルグ」の名を用いて圧政をしいてきたこと、本来のウドゥルグは破壊神などではないのだということ。
 そこまではいい。だがそれらの事実だけでは、教団の支配の正当性を覆しこそすれ、人々が立ち上がるだけの強さを持っていないように、デューイには思える。ランクスのメンバーにはゆっくり時間をかけて説明することができたが、島全体にそれを広げるほどのゆとりはない。
(仮にウドゥルグは単なる記号だ、と言ったとして、普通の人達はどう思うだろう)
 とりあえず圧政への抵抗から、反乱の気運は上がるかも知れない。だが、その先既にデューイがこの世にいないであろう時期に、人々はなにを目指して戦うのだろうか。
 たとえば野心にかられた人物が、自らの私欲のために人々を扇動しないと言えるだろうか。別の形で人々を踏みにじるような体制を敷かない保障はあるだろうか。
(……ひとつだけ、方法がある)
 デューイ亡き後にも、人々が取るべき道を見失わないでいてくれる方法。恐らくは、この島に生きる人々ができるだけ長く平和にすごせるような体制を作っていける方法。
 だが、そのためには。
(……ガルト。僕は君を失望させてしまうかも知れない)
 デューイは心からガルトを慕っている。自分を救い、圧政に苦しむ人々のリーダーにしてくれた人物として。教義に馴染めぬ暗殺者として追われた過去を持つ者同士として。そしてなにより、快活な瞳に時折宿る影が、デューイの目をとらえて離さない。
 生命の摂理としての「ウドゥルグ」の力を持つ存在。破壊神として奉られ、兵器として利用され、姿までも破壊神に近づいてゆく宿命を持ちながら、彼は人間として生きようとあがいている。その苦しみを、デューイは見ていた。だからこそ、彼を救いたかった。そのために反乱を成功させたかった。
 だが。
 デューイは理解していた。自分はもはや、ガルト一人のために行動しているのではないということを。
(僕が迂闊な行動を取れば、立ち上がろうと思ってくれた人達みんなが危険にさらされる)
 人々にとって最善と思える手段と、ガルトを救う手段が噛み合わない時、デューイはどちらを選ぶべきなのだろうか。
 答えは既に決まっている。
(ガルト)
 心の中で呼びかける。
(僕の罪は、僕の命であがなう。……僕が君への最後の生贄だ)

 数日後。
「なんだって? 本気か?」
 思わずランディが聞き返す。
「本気だよ。ガルトにはドリュキスに残ってもらう」
「そんな……待って下さいよ」
 声を上げたのは、フィルという名の青年である。デューイと同じく、処刑寸前にガルトに助けられた元ロルンだ。
「ガルトさんがいなかったら、誰がデューイさんを救出するんですか?」
「しなくていい。広場で処刑台の上から助けるのは危険過ぎるからね」
「死ぬ気か? デューイ」
 ベイリーが問う。デューイはあっさりと答えた。
「僕は処刑されに行くんですから。ただし、無駄に殺されるつもりはありません」
「……殉教者、か」
 ランディがつぶやいた。
「民衆の心に、信念に従って死んで行く姿を焼きつける。彼らはおまえのことを決して忘れられなくなる。おまえの死を無駄にしないために立ち上がる……それが、おまえの狙いなんだ」
「だからってデューイさん!」
「ランディの言う通りだよ。僕は……」
 デューイはいったん言葉を切る。次の言葉を吐き出すのは、ひどく骨が折れることだった。
「生命を導く神『ウドゥルグ』を伝えて死んでいくんだ」
「!」
 誰もが息を飲む。
 ガルトの正体を知るのはランディだけであるが、「ウドゥルグ」が記号に過ぎないということについては、何度も説明されたために、集まった者達も承知している。破壊神の信仰はただの記号を神格化した幻想に過ぎないから、それを基盤としてきた教団の支配は不当なものだという主張ができる。……そう、皆が思ってきた。そう繰り返し言ってきたのは、そもそもデューイだったのだ。なのになぜ今更、「ウドゥルグ」を別の形で神格化しなければならないのだろう。
 それに『ウドゥルグ』の神格化は、別の形での支配をもたらすことになりはしないだろうか。
「なにを……」
「『ウドゥルグ』は破壊神……ぼくらは、ずっとそう教えられてきた。怖くて忌まわしいものだったけど、破壊神はもう、ぼくらの心から消し去ることのできないよりどころみたいなものなんだ」
「確かにな」
 ベイリー・クランジェがつぶやく。
「いきなりウドゥルグはただの記号、なんて聞かされても、ぴんと来なかった。まだ、教団の教えは間違っているが、ウドゥルグはどこかにいる……てな方がわかりやすい」
「そういうこと。今更、僕等の心の中の『ウドゥルグ』は消えてくれない。ここで本当のことを言ったとしても、たぶん人は、自分の中の『ウドゥルグ』からすぐには解放されないんだ」
「だからせめて、人に受け入れられるような形に『ウドゥルグ』の意味を変えてしまおう、ということか」
 ランディがそう言った。
「そう。『ウドゥルグ』は生贄を望んじゃいないし、教団を守ってもいない……それが人々に伝わるようにする時……」
 デューイはいったん言葉を切る。
 大きく息をつぎ、続ける。
「必要なのは真実じゃない。信じることのできる神話だ」
 人々が動くのは、必ずしも真実によってではない。長い時間をかけて真実を伝えていく時間もない。それに、よりどころとなる神を失い……その「神」すらも幻想の所産に過ぎなかったのだが……人々は何をよりどころとして生きていくのだろう。
 だから、失われた幻想のかわりに、それよりはまだ人々を自由にできるような幻想を与える。
 デューイは、そう決めたのだ。
 たとえそれが真実でなくとも。
 たとえそれが、ガルトの望んだことではないとしても。
「……ガルトは、どう思うだろうか」
 ランディが低い声で言う。デューイはどきりとしたが、すぐに顔を上げる。
「ここで立ち上がらなかったら、犠牲者が増えるだけだ。他にどうすればいい?」
「正論だが、それならガルトにそう説明して、レブリムの作戦に加えた方がいいと思うぜ。あいつもそれぐらいの道理はあるはずだ」
「説明は……するよ……僕の口から。……でも、彼がレブリムにいると困るんだ」
「困るって?」
「ガルトがいると、死体は屍鬼にならない。だから……」
「デューイさん!」
 フィルがはっと気付いたように声を上げる。
「まさか、屍鬼になってもいい、と?」
「察しがいいね、フィル」
 デューイは微笑する。
 ロルンの暗殺者の証として施される「刻印」。この数年、ある仕掛けが施されるようになっている。暗殺者が死ぬと発動する、屍鬼化の魔法だ。たとえ任務途中で命を失ったとしても、屍鬼として任務を続けることができる。屍鬼化直後は生前と変わらぬ技能や意識を持ち、腐敗が進行して使い物にならなくなるまでロルンの屍鬼部隊で働く。
 デューイの持つ「刻印」にも同様の仕掛けが施されているはずだった。これを利用すれば、演説半ばに教団によって殺されても、屍鬼として演説を続けることができる。すぐに教団によって屍鬼化を解除されるにしても、ある程度時間を稼ぐことができるし、摂理に反する、呪われた姿を人々の前にさらすことで、教団の非道を見せつけることもできよう。
 だが、ガルトの近くでは屍鬼化の魔法は効かない。屍鬼とはすなわち、ガルトの持つ「ウドゥルグ」の力に逆らう存在なのだから。
「……そこまで……やらなきゃならないの?」
 アリスが半分泣きそうな表情で言う。それは、アリス一人の言葉ではない。その場にいるメンバー誰もが思っていたことだった。
「なんであなたが死ぬことを予定に入れなきゃならないのよ。最初の計画どおり、デューイがみんなを説得して、ガルトが助けて……それじゃだめなの?」
「だめ、なんだ」
 デューイはあくまでも静かに言い渡す。
「ガルトは確かにとても優秀な魔術師だし、教団だけが相手なら、きっとうまくいく。でも、今回は違う……何の関係もない、ふつうの人達が大勢いるところなんだ。下手に動けば、必ず人々を巻きこんでしまう……そんなこと、彼にはできないよ」
 彼の脳裏に浮かぶのは、シガメルデの廃墟。
 無関係な大勢の人々を一瞬にして死なせた、その過去がガルトに落とす暗い影。
 それだけは、繰り返させてはならない。
「あなたが死んで、ガルトが喜ぶと思ってるの?」
「……さあ」
 喜ぶとは思わない。……いや、喜んでほしくなどない。
 だが。
「その場でただ巻きこまれただけの人の命と、僕一人の命と、どちらかを選ばなければならないのだとしたら?」 
「でも……!」
「わかった。……もうやめておけ、アリス」
 ランディが静かに、アリスをさえぎった。
「デューイ、誰がなんと言おうと止める気がないんだろう?」
「そうだよ」
「ならば、俺達があれこれ言ったところで無意味だ。そうだろう?」
 ランディは周囲を見渡す。アリスもベイリーもフィルも、その他のメンバーも、やりきれない表情のままうつむいた。確かに、デューイを止めることはできそうにない。だがみすみす死なせたいと思うはずもない……そんな気持ちが、誰の表情からもうかがえた。
 ランディは続ける。
「細かい作戦は俺が立てる。デューイはガルトに説明しておけ」
「……」
 デューイは唇を噛んでうなずく。
 それが、いちばん辛いのだ。

 その、わずか数刻後。
 デューイは埠頭でぼんやりと海を眺めていた。
「……よう、デューイ」
 聞き慣れた快活な声に、デューイはどきりとして顔を上げた。
「ガルト? 帰ってきたんだ」
「おう」
 闇色の髪の青年が、いつもの笑みを浮かべて立っている。たった今、レブリムから戻って来たらしく、まだ旅の荷物を手にしている。デューイは平静さを装って尋ねた。
「お帰り。どうだった?」
「おおむね、おまえが予想した通りだ。細かい情報はここにメモしてある」
 ガルトはびっしりと文字が書きつらねられた紙を手渡す。
「ただ、一つだけ気になることがあるんだが」
「なに?」
「……平凡、なんだ」
「?」
 デューイにはなんのことだかわからなかった。
「ロルンの戦力をこっちでかなり弱体化させたろう? それで島外のロルンを呼び戻すってのはまあ、予測がつくよな。で、船が到着するまでになんとか優勢を保っておきたいと考えて、首謀者を処刑しようとする……これも、簡単に予測できる」
「うん……そうかも知れないけど……」
 ほかに打つ手がなかったのかも知れない。教団が今の権力を保とうとするなら、取りうる手だては制限されてしまうのだから。
「これは俺の考え過ぎかも知れない。だが、あのバルベクト・ユジーヌがいて、俺達にたやすく読まれるような作戦を立てるものなのかがわからねえんだ。……なにか、裏にある気がしてよ」
「……」
 デューイは考え込む。確かに、ユジーヌがいるにしては平凡な策かも知れない。
 思えばシガメルデでデューイとランディが襲われた時も、ユジーヌの行動は不可解だった。ただ襲って殺すなら、ユジーヌが出て来る必要はなかったのだ。それどころかユジーヌが動いたことで、別行動中のガルトが不審に思ってシガメルデに向かい、結果としてそれがデューイ達を救った。これではまるで、暗殺者達を一掃し、デューイ達を助けるためにユジーヌが出向いて来たようにさえ思われる。
 そもそも、ロルンでデューイを処刑させておきながら、ガルトがそれを救出したことを知っても平然としていた。生かしておけば教団に害を及ぼすことなど、簡単に予測がついたろうに。
 ユジーヌの真意はどこにあるのだろうか。早いうちに摘み取ることも十分に可能だったはずの反乱を、ここまで成長するまで放置しておいて、彼には一体何のメリットがあるというのだろう。
「……悪い。俺の邪推かも知れないし、気にしないでくれ」
 じっと考え込んだデューイに、ガルトが慌てたように言った。
「どのみち、おまえの演説を成功させればいいんだから、さ」
「そのことなんだけど……」
 デューイは思い切って切り出す。
 ガルトは処刑寸前にデューイを救出する作戦が立てられていると思っている。最初にガルトに計画を話した時には、確かにそんな計画だった。だが、今は……。
「ガルト、君はドリュキスに残ってくれないか」
「……え?」
 ガルトの闇色の眼が驚きの色を浮かべる。だがデューイはガルトの表情に気付かなかったふりをして続けた。
「今回の作戦では、君がドリュキスにいることが大事なんだ」
「どうしたんだ? 一体」
「あ……」
 デューイは口ごもる。
 だめだ。とても言えはしない。
「あのさ、レブリム……そう、レブリムで反乱が起きたとすれば、教団は他の都市を押さえにかかると思うんだ。なにより、ドリュキスは唯一の港町だから、ここを占拠されて、リュテラシオンからの部隊を到着させてしまったらまずいから……だから……」
 いいわけだ。
 屍鬼になるかどうか、ドリュキスを守るかどうか……どちらも、デューイにとってはさほど重い問題ではなかった。
 彼は、ただ怖かったのだ。
 自分の話す言葉によって、大切な友人を裏切ってしまうということ。だからこそ、その現実を直視できない。それを知った時の彼の目を見たくない。
 あまりにもその場限りのいい逃れ。思ったよりもすらすらと出る言葉がかえって空虚だった。
 が。
「ああ、わかった」
 あまりにもあっさりと、ガルトはうなずいた。
「安心して行って来い。こっちは大丈夫だから」
「……うん」
 目を伏せたまま、デューイは無理に笑顔を作ろうとした。
 これからデューイがやろうとしていることは、ガルトへの裏切りだ。
 もう、帰って来られないかも知れない。ガルトとも二度と会えない。詫びることもできずに別れねばならないことが、なによりも辛かった。
「どうかしたのか?」
 目の前でガルトが怪訝そうな顔をする。
「不安か?」
「うん……少しね」
 そういうことにしておいた方がいい。
「大丈夫だよ、おまえなら」
 何も知らないガルトが笑う。
「そ、そうだね」
 この人は何も知らないから……。
 僕が君の望まないことをしゃべろうとしていることに気付いていないから。
 なんとか言いつくろって、デューイは一人で歩き出した。
 ガルトの笑顔を、これ以上見ていられなかったのである。


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