「俺をどうする気だ?」
シガメルデの中央にある聖堂の地下。
その一室で、ガルトは椅子に縛られたまま、目の前の上級司祭をにらみつけた。
暗黒魔術はシンボルを描くことで発動する。両手の自由を奪われたガルトに抵抗のすべはない。
それでも彼は、服従するつもりはなかった。
普通の人ならばたじろぐほどの激しさでにらみつけるガルトに、しかし赤い仮面の司祭ユジーヌは平然としていた。
「降臨した破壊神として、すべきことをしていただきたいだけですよ」
「あいにくだが、俺はあんたらが期待するような力なんて持っちゃいねぇよ」
「そうでしょうか?」
ガルトはふっと、不安を覚えた。この司祭は何を知っているのだろうか。
「な……んだと?」
「あなたはあなた自身の力をご存じない……」
「ふざけるな! 俺は死者をあるべき所へ導く力の象徴なんだ。あんたらの言うような破壊の力なんて持っちゃいねえんだよ!」
「だから、ご存じないと言ったのです」
「……どういうことだ?」
恐ろしい答えが待っているような気がする。だが、問わずにはおられなかった。
ユジーヌは語り出す。
「万物はみな、下へ向かって落ちる。これを何と言うかご存じですか?
「重力のことか?」
「そう、これは普遍の力で、これを免れる者は存在しません。鳥でさえ、羽ばたきをやめればこの力に従って落ちてゆくのみです。ですが、この力を制御し、逆方向に働かせる呪文があります」
「重力制御の魔法……」
「そうです。これによって人や物を宙に浮かべることができますね。……この魔法は、今ではどこでも普通に見られるようになりましたが、開発された当初は多くの災害を引き起こしたものでした」
ガルトは、ユジーヌが何を言おうとしているのかわからなかった。
ユジーヌはかまわず続ける。
「普遍に働く力に逆らい、同じ力を異なる方向で使った場合、互いの力の間に反発が生じ、大規模な災害が起こります。それゆえに重力制御の方法が確立するまでは、多くの犠牲が出たのです」
「それが……俺と何の関係があるっていうんだ?」
「簡単なことです。あなたはあなたの意志次第で大破壊を起こすことができるのですから」
「な……に?」
「『ウドゥルグ』はかつては生命を導く力を指す言葉でしたね」
「知っていたのか……?」
本来のウドゥルグの性質など、とうに忘れ去られているものと思っていたガルトにとって、ユジーヌの言葉は衝撃的だった。
「恐らくあなたが意志を働かせずとも、ただ存在しているだけで生命の摂理は正しく流れていくはずです。……でもあなたは今、人間としてここにいる。つまり、意志次第でどのような方向へも力を働かせることのできる可能性を持っているのです」
「俺が……」
少しずつ飲み込めてきたような気がする。
「俺が本来あるべきでない方向へ摂理の力を働かせば、相反する力がぶつかり合って破壊を引き起こすっていうことか?」
「その通りです。そしてその破壊力は、力の本質に近いほどに大きい。つまりあなたは無限の破壊力を振るうことができるのですよ」
「ふ……ふざけるんじゃねえ。誰がそんなことを……」
「そう……」
ユジーヌは静かに言う。
「あなたはよほど強い意志をお持ちのようだ。この世に君臨するだけの力を持ちながら、その力を使うことを拒否している。恐らく私の説得にも、耳をお貸しになるつもりはないのでしょう」
「わかってるならなんで……」
「ですが」
ユジーヌは続ける。
少しずつ、砥ぎ澄まされた牙をむき出しにしていく毒蛇のような、不気味な凄みが感じられる。
聞いてはいけない――そう直感していた。
こいつの言葉は毒だ。耳から少しずつ侵入し、気付かれぬうちに心を蝕む猛毒。
だが、聞かないでいるわけにはいかない。耳を塞ぐことも、この場から逃げることもできないのだから。
「私は予言しましょう。あなたは必ず、自分の意志で摂理を曲げるようになる……」
「ばかなことをッ!」
ガルトは吐き捨てるように答えた。
「信じられないようですね」
ユジーヌは優しく教え諭すような口調でそう言った。が、仮面の下では悪意に満ちた目が底光りしている。
「無理もありません。でもあなたは近いうちに、私が正しかったことを悟るでしょう。必ず、ね」
あまりにも自信ありげな口調。
ユジーヌの言葉は、さながら物語の悪魔の誘惑のごとく、巧みにガルトの不安につけ入り、ざわざわとあおり立てていく。
ガルトの背中を冷汗が伝う。この司祭の言うことを信じてはならない――そう自分にいい聞かせるのだが、それでも不安はつのっていた。
言葉ひとつで人の心を動かしてしまう人間がいるという。だがユジーヌの言葉は、そういったものとはまた別種の、悪意めいたものが感じられる。
まるで相手の葛藤そのものを楽しんでいるかのようだった。
「おまえは……ほんとに人間なのか?」
思わずガルトはそう尋ねていた。
クックッと笑い声を上げ、ユジーヌは答える。
「……お見せしましょうか」
そして赤い仮面についと手をかける。
ガルトはどきりとした。仮面の下に隠された顔は、どんな魔物のものなのだろうか。
仮面が外される。その下の素顔を見た時、ガルトは息を呑んだ。
やがて、静かに言う。
「……からかってるのか?」
「いいえ」
仮面に隠されていた顔は、どう見ても凡庸な四十過ぎの男の顔だった。知的な、それでいて妙に冷笑的な光をたたえる目が特徴的だが、それを除けばどこにでもいる平凡な人間のものに過ぎない。
だが、かえってその方が戦慄を呼び起こすのはなぜだろう。
「私は人間でないなどとは一言も言ってはいませんよ。むしろ最も人間らしい人間だとさえ思っているのですから」
「俺にはそうは思えねえ」
「それは、あなたが人間というものの本質を理解なさっていないからですよ」
ユジーヌは仮面をつけ直す。
「本質だと?」
「人間は、か弱い生物です。だからこそそれを補うために、あらゆる力を利用してきました。たとえ誤った方向の力だろうとお構いなく。私はそれに忠実でありたいだけなのですよ」
「……」
ガルトはその言葉に詭弁を感じ取ったが、うまく表現できなかった。
「あるべき方向への力に逆らってでも、自らが強くなりさえすればいい……それが人間なのです。あなたも同じです」
「嘘だ、そんなことはない!」
「今はなんとでも言えるでしょう。しかし、すぐにわかります」
ユジーヌはガルトのそばを離れ、扉へと歩みよる。
扉を開き、振り向いて言う。
「……あなたも所詮、私と同類なのだということがね」
「冗談じゃねえ、誰がおまえなんかと……!」
ガルトは叫ぶ。再び閉ざされた扉が、彼の声をはね返した。
白い仮面の下級司祭が、祈りの文句を唱えている。儀式でいつも見られる光景だ だが、今日はどこかが違う。
――視点が。
ガルトは、祭壇の上にいた。
後ろ手に縛られ、妙に立派な椅子に座らされている。暴れることを恐れた司祭達の手によって薬を嗅がされたせいでぐったりとしている。
手にも足にも、力が入らなかった。それでいて目や耳の感覚は砥ぎ澄まされたように冴えわたっている。緊張した下級司祭の、わずかな言い間違いさえ聞き取れた。
信徒の席を見る。司祭達が自分に向かって恭しく礼をし、祈りを唱和している。
どの司祭の仮面も、青か白である。赤い仮面の上級司祭が、ここにはいなかった。
おかしい、と思う。首都レブリムほどではないとはいえ、シガメルデにも何人かの上級司祭がいたはずである。しかもガルトを捕らえた中心人物であるユジーヌさえもいないとは、どういうことなのだろうか。
祭壇の上、通常は破壊神像が安置されている場所にガルトが座らされているということは、彼を破壊神として披露するための儀式であるはずだ。それなのに上級司祭がいないのは、あまりに不自然すぎる。
だが、不自然に思ったところで、彼に何ができるわけでもなかった。今の彼には、見ることと聞くことしかできない。
それでも彼は、希望を捨ててはいなかった。
いつかは逃げる機会もあるだろう。ユジーヌ達の狙いは破壊神の力を手に入れることであり、それはガルトが生きていて初めて利用可能なものなのだ。ゆえに彼らはガルトを傷つけることができない。
その上、彼らが期待するような破壊の力を、ガルトは持っていない。
破壊神と崇めてきたものが実は虚像だったと皆が知れば、ヘスクイル教の求心力は失われる。それこそがガルトの狙いだったのだから、ある意味でこれは絶好の機会である。
だが、それでは済まないことに、彼は気付いていた。
信徒の誰もが破壊神を恐れ、崇めているわけではない。
バルベクト・ユジーヌ。
彼はウドゥルグが生命の摂理の力であると知った上で、その力を利用したがっているのだ。彼のような人間に対して対処する効果的な手段を、ガルトはまだ知らない。
ユジーヌは様々な意味で、ガルトを不安にさせた。
なぜ彼は、ガルトが破壊の力を使うと断言したのだろうか。その根拠となるべき何かを隠しているというのだろうか。
その不安はすぐに的中した。
祈りの唱和が高まる中、生贄が引き出されて来る。
見た瞬間、ガルトの顔色が変わった。
(……エリア!?)
あるはずのないことだった。
生贄になるのは、生後1年未満の赤ん坊である。儀式によっては10歳未満の少女が生贄になることもあるが、いずれにせよ12歳のエリアは対象ではない。しかも、ロルンに身内がいれば、対象年齢だとしても生贄のくじを引かずに済む。
どう考えても、エリアが生贄になるはずはない。何らかの権力が働いたとしか考えられなかった。
見間違いであってくれたらと思う。だが、両手を縛られてなお抵抗するそぶりを見せている少女の顔は、間違いなく彼の妹のものだ。
(だめだ……助けなきゃ)
薬のせいで身体の自由がきかない。せめて声だけでも出せればと思ったが、それすらままならない。
(エリア……!)
悪夢を見ているようだった。
ガルトの思いは届かず、儀式は確実に進んでいく。
祭壇の前にひざまずかされたエリアの顔に涙が光っている。
祈り続ける司祭の傍らに控えていたロルンの男が一歩前に進み出て大剣を振りかざす。
「破壊神ウドゥルグよ……」
司祭がまっすぐガルトを見て、言った。声がわずかに震えている。
緊張するのも無理はない。祭壇の上でぐったりとしている少年が、世界を死界へと変える破壊の神なのだから。前日にユジーヌから申し渡されて以来、恐怖と興奮とで一睡もできなかったのだ。
「ここに生贄を捧げ、降臨を祝し、来たるべき世の到来を誉めたたえん!」
大剣が振り降ろされる。
ガルトの目の前で、妹の首が切り落とされ、祭壇に叩きつけられた。
(あ……)
唯一の理解者だったエリア。
兄の正体を知ってなお、その優しさを信じ続けたエリア。
彼女の生命が無残に絶ちきられたことを、ガルトは悟った。
(エ……リア……)
額が、熱い。
(だめだ……エリア……死んじゃだめだ……)
彼を縛っていた紐が、音もなく弾け飛ぶ。
だが、ガルトはそれにすら気付いていなかった。
(生き返ってくれ……エリア!)
自分が何を願ったのか、彼はその時まだ知らなかったのだ。
不意に、世界が弾けた。
ゴオォォ……ン。
地面が、空気が……万物が彼を中心に歪み、渦巻くような感覚に襲われる。
「……っ」
ふっと力が抜け、ガルトはそのまま気を失って椅子に倒れ込んだ。
(ここは……?)
気がつくと聖堂の中は、気味が悪いほどに静かだった。
足もとに首のない死体が転がっている。
(エリア……)
ガルトも、認めざるを得なかった。
祭壇に転がった妹の首を拾い上げ、顔についた血を拭き取ってやる。
「ごめん……俺のせいで……」
そうつぶやいた声が、奇妙に大きく反響する。
(……?)
何気なく見回したガルトの目が、大きく見開かれる。
凄惨な光景が、そこに広がっていた。
聖堂の中は、死体で埋め尽くされていたのである。
信徒も司祭も、ことごとく死に絶えていた。苦しんだわけではないらしい。一瞬のうちに死がすべてを覆いつくしたというような光景だ。
(な、なんだよ、これは……?)
祭壇の裏手から、外に出てみる。
そこは、生命あるものが存在しない世界だった。
人間だけではない。空を飛んでいて災禍に遭ったとおぼしき鳥の死骸、枯れ果てた木……あらゆる生命が、突然の死を迎えていた。
ただ一人、ガルトを除いて。
(どうなってるんだ……?)
自分だけが無事だったのはなぜか。そう考えた時、不意にある考えがひらめく。
(まさか……)
呆然と、ガルトはつぶやいた。
「俺が……やったことなのか?」
なぜこんなことになったのか思い出せない。それが余計に不安をつのらせる。
焦燥にかられてあたりを見回した時。
人の声が聞こえた。
(助かった人がいるのか?)
声は少し離れた石造りの家の陰から聞こえた。二人ぐらいの人間が会話しているらしい。
「……やはり、ユジーヌ様のおっしゃった通りですね」
声のする方向へ向かいかけたガルトだったが、そんな声を耳にして立ち止まる。
(司祭か!?)
そっと物陰から様子をうかがう。青い仮面の中級司祭と、赤い仮面の上級司祭だった。どうやらレブリムから様子を見にやってきたらしい。
司祭達はガルトには気付かず、話を続けている。
「いや、それ以上だろうな。シガメルデはおろか、ロヴァイユもマルシュピールも……アズレンまでも全滅だったのだから」
「破壊神の力を試すためとはいえ、随分被害が大きかったのではありませんか? ユジーヌ様は満足しておられるようですが……」
「この程度の犠牲は必要だったのだ。これで破壊神の力を持つあの少年を捕らえれば、我々は最強の兵器を手に入れたことになるのだからな」
「しかし……本当にこの薬で奴を思いのままにすることができるのでしょうか」
「心配はいらぬ。奴は今頃、自分のしたことに気付いて動揺しているはずだ。ユジーヌ様が自ら奴を追いつめたのだからな。ユジーヌ様からいただいた薬は、そういった心の傷を持つ者にことのほか効くそうだ」
(な……んだと……?)
すべて、ユジーヌが仕組んだ罠だったのだ。
ガルトと両親の不仲を決定的にしたのも、彼の目の前でエリアを殺させたのも。
すべて、ガルトを生きた兵器として利用するための布石だったのだ。
そしてシガメルデ礼拝堂に集められた信徒や司祭が、破壊の力の犠牲となることを承知の上で、自分や腹心の部下たる司祭達だけが安全圏へ逃げ、力の威力を試したのだ。
(バルベクト・ユジーヌ……)
ガルトの闇色の目が怒りに燃え上がる。
(貴様だけは許さない!)
手が無意識のうちに動く。「前進」を示すシンボルを描き、発動の言葉を唱える。
そんな魔術は存在しない。「前進」のシンボルは、前進させるもののシンボルと組み合わせて使うものなのだから。それなのに、なぜ自分がそんなことをしたのか、彼にもよくわからなかった。
だが一言も声を上げず、二人の司祭は倒れる。
ガルトがはっと我に返った時には、既に二人とも死んでいた。
(俺……今、何をやったんだ?)
「前進」のシンボルに続けようとしていたのは「ウドゥルグ」のシンボルだ。ふたつを組み合わせて「即死」の魔法になる。だが、彼は「ウドゥルグ」のシンボルを描いていない。
(あ……)
気がついたことがあった。
(……そうか)
彼は自分の両手を見た。エリアの血で染まった手を。
(俺が、「ウドゥルグ」のシンボルなんだ……)
生命を導く――死に向かって。
それが「ウドゥルグ」の力なのだ。そしてガルトは、存在するだけでその力を発揮できる。シンボルのかわりとして。
(だけど……なぜこんなに多くの生命が……?)
バルベクト・ユジーヌは言っていた。ガルト自身が摂理を曲げる方向に力を使えば、強大な破壊の力となる、と。
(俺が、摂理を曲げる? ……あっ!)
思い出した。
エリアの首がはねられた時、自分が何を願ったのか。
――生き返ってほしい。
死んだものは蘇らない。それが摂理だ。
それを、彼は逆転させようとした。エリアが生き返って欲しいと、痛切なまでに願った。その結果がこの惨事なのだとしたら……。
「う……嘘だ……」
ガルトはその場にへたり込む。
ただ、それだけのことで。
彼の頭の中でこだまのように鳴り響く声。
――あなたは必ず、自分の意志で摂理を曲げるようになる……。
「嘘だぁッ!」
ガルトは叫んだ。
信じたくない。認めたくない。
――あなたも所詮、私と同類なのだ。
ガルトはユジーヌを憎んでいる。エリアを殺したのはロルンの男だったが、それを命じたのはユジーヌだ。そればかりか、一連の計画を練り、周到にガルトを追い詰めて利用しようとしている。
そのユジーヌの言葉が正しかったと認めざるを得ないということは、彼にとって堪えがたいことだった。
様々な思いに、彼は引き裂かれていた。
ユジーヌを憎めば憎むほど、彼の心はずたずたに裂かれていった。
「違う……俺は……」
あとに続く言葉が見つからない。
自分が何者なのか、何者だったのか……それすらわからない。
摂理の力でありながら、その力を誤った方向に使ってしまった自分が許せなかった。
人間として生まれたことを、彼は初めて後悔した。
ひどいありさまだった。
見晴らしの丘から見渡せる風景は一変している。
動物も植物も、命あるものはみな消え去っていた。見なくても、生命が存在しないことを感じることができる。
視界に入る一帯は、つい先刻まで普通の平和な暮らしが営まれていた町や村だった。それが今ではモノトーンの死の領域と化している。
ガルトの力は、故郷の村さえも滅ぼし尽くしていた。両親ももう、生きてはいまい。
(俺は……本当に破壊神になってしまったのか)
廃墟を見渡して、ガルトはつぶやく。
それでも彼にはわかっていた。
この力をユジーヌに渡してはならない。彼の意のままにされるようなことがあってはならない。
生きるものすべてのために、また、彼自身のために。
逃げなくてはならなかった。
二度と破壊の力を使わぬように。
ガルトは振り返る。
破壊の力は、この丘のあたりで止まっている。丘の北東部の崖下に広がる森は、なにごともなかったかのように青々としていた。
皮肉な光景だった。
デスフォレスト――死の森と呼ばれるところが、今最も生き生きした生命力に満たされている。
森へ続く道を下り、隠しておいた皮袋を取り出す。今となってはエリアの形見のようなものだ。中身を確認して、小さな包みが入っているのに気付く。
それは、ガルトがエリアへと買ってきた、月長石のペンダントだった。手紙が添えてある。
「お兄ちゃん、私が一番大事にしてるペンダントです。これを見て私のことも思い出してね。帰って来る日を待ってます。 ……エリア」
純真なエリアの、最後のメッセージ。
ペンダントを握りしめて、ガルトは立ち尽くす。
言葉が見つからない。見つかったところで、エリアはもういない。それがわかっていてなお、彼はエリアへの謝罪の言葉を探していた。
エリアを死なせたのは自分だ。
ガルトという兄がいなければ、生贄になどされることもなかっただろう。
償おうにも償いきれるものではなかった。
彼は知っている。死者は生者を監視しているわけではない。生者が死者をどう扱おうが、それは生者の論理であって死者の関知するところではない。死んだエリアにガルトがどう謝罪しようと、それは届くことはないのだ。
それでも謝罪と償いとを、ガルトは求め続けるだろう。
それが、生きている人間の論理なのだ。
彼は摂理の力の象徴であると同時に、生きた人間でもあるのだ。それゆえに今、彼は苦しんでいるのである。
たった一人の妹を、自分と野望を持つ者との争いに巻き込み、死なせてしまった。そればかりではなく、使うべからざる力を使って、両親を含む多くの人間を殺した。その重みを、彼は背負って生き続けねばならないのだ。
それは、たかだか十五歳の少年の心にはあまりに重い負担であった。