ウェイ視点で「5 めざめる翼」の一部を書いてみました。玉輝で二人がちんぴらに因縁をつけられ、カツアゲされかけた場面です。


 二人が店を出てまもなくのことだった。
 通りを歩いていた彼らの周囲に、突然、数人の男が現れた。ばらばらと二人を取り囲む男達の一人には、見覚えがある。 店から逃げて行った、あの男だ。先刻の腹いせといったところだろうか、人相の悪い男達が短剣を手に近寄ってくる。
 「そこの路地に入りな」
 「盾」でない者が短剣を持ち歩くのは珍しい。どうせろくな用途には使って来なかったんだろうな、と、ウェイは思った。
 「まただよ」
 「かわいそうに」
 通行人のささやきが聞こえるが、止めに入ってくる者はいない。
 (誰か「盾」に知らせてくれるといいんだけど)
 通行人の反応は、こうした男達の乱暴が日常的に行われていることを物語っている。だがそれだけに、どうすべきかもわかってくれているのではないか……ウェイはそう期待していた。
 誰一人として自分達を助けてくれないかも知れない。少なくともこの窮地に、誰かの助けをあてにすることはできない。
 それでも、誰か一人でも「盾」の詰所のそばを通ったついでに一言伝えてくれれば、事態は少しはましになる。ウェイはそう信じていた。
 こんな大きな町でも、人はやはり人なのだと、彼は思いたかった。
 「文句があるのは俺にだろう? だったら俺一人をつれて行けよ」
 ユァンがウェイをかばうように立ち、毅然とした表情で男達に言う。が、それは男達の神経を逆なでしただけのようだった。
 「なにぃ?」
 男達の一人が、耳障りな声で言った。
 「何様のつもりだおまえ。『盾』でも呼ばれちゃかなわねえんだよ」
 「そら、さっさと入れ」
 突き飛ばされるように、二人は路地に追い立てられた。石づくりの建物の壁ぎわに追いつめられ、男達が短剣を手に詰め寄ってくる。 ユァンがとっさに自分の前に立ったことに、ウェイは気づいた。こんな状況でも自分を守ろうとしてくれていることは、単純に嬉しい。こんな風に友人を守ろうとする彼が、人の敵であるはずはない。
 が、そんなことを考えている場合ではなかった。
 ここから逃げ出すにはどうしたらいいか……ウェイは必死に頭をめぐらす。
 この状況にあってなお、打つべき手は尽きてはいないように思えた。何か、活路はあるはずなのだ。
 「さっきはよくも、俺の邪魔をしてくれたな」
  偽の玉を売りつけようとした男が口を開く。店での口調とはうって変わった、悪意むき出しの口調だ。
 (?)
 首筋にふと、冷たい風を感じたような気がした。が、今はそんなことを気にかけている場合ではない。男達の視線の向き、細い路地の向こうに見える通行人の流れ……ウェイは目に見えるものすべてから、利用できる状況を探り出そうとしていた。
 「おかげであの店が使えなくなっちまったんだ。どうしてくれるんだよ」
 「田舎者はおとなしく俺達にだまされてりゃいいんだよ」
 「今からでも遅くないぜぇ、金目のもの置いて、田舎に帰りやがれ」
 口々に男達が言う。
 (なんか、工夫がないっていうか、頭が悪いっていうか……)
 男達の言葉には、まるで重みがなかった。本人達は短剣といかつい体格でこちらを圧倒しているつもりなのだろうが、知性のかけらもないその言葉からは、圧倒されるようななにものも感じられない。口先ひとつで簡単に懐柔できそうな気がした。
 「あのですね……」
 ウェイは口を開きかける。
 が、ほぼ同時に鈍い音が響き、目の前のユァンがよろめく。男の一人が、短剣の柄でユァンの頭を殴ったのだ。
 (ユァン!)
 ユァンはなんとか踏み止まり、ウェイに背を向けたまま男達の方を向いている。こんな時でも、自分を守る体勢を崩さずにいられるユァンに、ウェイは驚嘆する。
 が、次の瞬間。
 (なんだ……?)
 空気がすっと冷たくなったかのような感覚があった。
 なにか、ひどくさしせまった事態になっているような気がする。
 昔から、ユァンの近くにいると風を感じることがあった。時にはあたたかな、時には翻弄するような風が彼を常に取り巻いているように感じられる。それが何なのかウェイは知らなかったが、ユァンが魔獣だと聞いて真っ先に思い出したのが、あの風だった。
 (ユァン、なのか?)
 殴られても声ひとつ立てないユァン。その背に、ウェイはなにかひどく危険なものを感じた。
 (よくわからないけど、このままじゃだめだ!)
 そう思った時、ウェイは我知らず声を上げていた。
 事態を打開するために用意しておいた台詞。
 「あ、こっちでーす、『盾』のお姉さーん」
 「なに?」
 男達が一斉に路地の入口の方を向く。思った通りの単純さだった。すかさずウェイはユァンの手を取って走り出す。
 男達もすぐに追ってきた。あとは追いかけっこだ。「盾」の詰所に着くのが早いか、男達に捕まるのが早いか。
 この町の地理に疎い子供でしかない自分達は、詰所に一直線に向かうしかない。それでも、分の悪い賭けだとはウェイは思わなかった。自分の足はそんなに早くはないが、どのみち雑踏の中で全速力では走れない。詰所の場所はわかる。それに、通行人がみな、男達の味方であるわけがない。
 いつになく足取りの遅いユァンを引っ張るようにして、ウェイは詰所を目指した。
 大丈夫、きっと「盾」が来てくれる。
 そう、彼は信じていた。


 まだまだ勢いで書けそうだけど、長くなるんでこのへんで止めときます。
 どんなもんでしょ?