守護獣の翼  1 防壁の穴

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 自分は人間ではない。
 そんな感覚は、いつの頃からのものか。
 ごく自然に思い浮かんでしまうほどに身に付いたそれがどこから来ているのか、彼自身にもわからなかった。どこから見ても普通の人間の姿だし、両親もいる。ややきつい目元は母親似だが、顔の骨格や背の高い体つきは父親に近い。ともに「盾」である両親は、厳しいが細やかな愛情をもって接してくれている。
 それなのに、何かが違うとどこかでしきりにざわめいているものがある気がしてならないのだ。
 誰かにそう言われたわけでもなく、ただ、内側からわき起こってくる。
 ユァンは果樹園の梢を見上げた。軽く目を閉じ、背中に意識を向ける。
 ざあっと背中から何かがほとばしり出るような感覚があった。肩よりもやや下のあたりから、空に向けて広がっていく。
 目には見えないそれを、ユァンは「翼」と呼んでいた。ちょうど鳥の一対の翼のように、背から生え出て大きく左右にのびていくものを、他にうまく言い表すことばを持っていなかったからだ。
 鳥のように空を飛べるわけではない。だが、羽ばたかせれば風を起こすことができたし、何よりも「翼」が触れるものをユァンははっきりと感じ取ることができる。近づくものの気配や遠く離れた場所の様子、人の体温や鼓動の変化にあらわれる感情の動きまで。
 どの程度の範囲にまで「翼」をのばせるのかは試していないが、少なくとも村の中のことぐらいは感じ取ることができた。
 彼にとっては目でものを見、手で触れてみるのと同様にあたりまえのことではあったが、その力を誰もが持つものではないことを、幼いうちから彼は知っていた。あまりはっきりとした記憶ではないが、たしか、父にひどく怒られたような覚えがある。
 だがそれが自分を人間と隔てるものなのか、ユァンには今ひとつわかっていない。誰でもというわけではないにせよ、こんな力をもつ人間もいるかも知れない。そう思おうとしたこともある。
 だが「人間ではない」という思いが彼の心から拭い去られることはない。思い込みにしては、あまりにも強固なほどに。
 人間でないのなら、自分は何か。
 人間でなく飼われてもいない生き物を「獣」と呼ぶ。「獣」は固有の習性を持ち、村の外、かれらの領域に住む。
 だが、いくら父に借りた本を読みあさっても、ユァンのような「獣」は見あたらない。何より、「自分のような『獣』」などというものが何かさえ、彼にはわからないのだ。
 そしてまた。
 人間でないのなら、自分はここに住んでいてよいのか。
 防壁の中、人間と人間に飼われたものだけが暮らす村に、自分のいる場所はあるのだろうか。
 答えの見えない謎は、一人になるたびに彼を悩ませる。
 かろうじてウェイ達といる時だけ、彼はそれを忘れることができた。

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