守護獣の翼  3 人にあらず、獣にあらず

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 ユァンが村に戻って来たのは、もうだいぶ日も高く昇った頃だった。人々はいつものように、それぞれの仕事を始めている。門近くでは、火をかけられた家々の修理が進められていた。
 彼がまず向かったのは、村長の家だった。途中すれ違ったウェイに声をかけられたが、曖昧な返事で済ませた。
 本当のことを聞かなくては。
 川べりで膝をかかえて座り込み、もうずっとそればかりを考えていた。
 思い当たることがないわけではない。
 ずっと抱いてきた「自分は人間ではない」という思い。魔獣の子供が気づいた、見えるはずのない「翼」。
 人でもなく「獣」でもないものが魔獣だというなら、自分はまさしく魔獣なのかも知れない。
 だが、それならばなぜ、自分はここにいるのだろう。
 人を襲うものが、なぜ人の住む村の中にいるのか。両親が自分のことを知らないはずはないのに。
 そしてなぜ、ウェイまでも含めた子供達は、「魔獣」の存在自体を知らされてこなかったのだろう。
 だが、立ち上がるまでにはかなりの時間を要した。立ち上がってからも、確かな決意があったわけではないし、真相を知った時にどうするかを考えていたわけでもない。
 それでも、座り込んでいて何かがわかるわけではない。
「ユァン? どこに行っていたんだ? 父上や母上が心配していたぞ」
 村長はいつもと変わらぬ様子でユァンを迎える。
 幼い頃から村長は、ユァンを何かと気にかけてくれている。その気遣いが偽りのものではないことを、ユァンは知っていた。
 だからこそ、もしも自分が本当に魔獣ならばわからないのだ。村長がなぜそのような態度で接してきたのか。彼は防壁の中にいてはならぬものなのに。
「村長……その、聞きたいことがあって……」
 声が震えているのがわかる。見るからにただならぬ様子だったのだろう、村長ははっとしたように顔を上げ、ユァンの目をじっと見つめた。
「言ってごらん」
「……っ」
 声にならない声を、どうにかして絞り出す。
「俺は……何なんですか……」
「ユァン?」
「魔獣と戦って……俺がこの村で飼われている魔獣だって言われて……」
「……」
「本当なんですか? 俺は……魔獣なんですか?」
 問いはいつしか叫びに変わっていた。村長はじっとユァンの声に耳を傾け……やがて、深くうなだれた。
「おまえが知らずに済めば、と思っていた」
 ああ、やはりそうなのだ。
 長い間抱いていた「人間ではない」という感覚に、こうもあっさりと決着がついてしまうとは。
 村長は続けた。
「だが、これだけは聞いてくれ。おまえのことは私とおまえの両親しか知らないし、村の子供の一人として育ててきた。決して飼っているなどというつもりはないし、誰にも言うつもりもない」
「……」
 わかっている。
 村長は、本心からそう言っているのだ。人ならざる「翼」の力が、そのことを教えてくれていた。
 だからこそ、余計につらい。
「俺は……どうしたら……」
「ユァン、おまえはこの村の一員だ。それは何も変わってはいないんだよ」
「でも……」
 たしかに事実は――彼が魔獣で、両親と村長がそれを知っていた、ということは――何も変わってはいない。変わったのは、ユァンがそれを知ってしまったということだけだ。
 それだけで、こうも絶望にかられるのはなぜだろう。
 まるでこれまで自分を支えてきた絆が、ことごとく断ち切られてしまったかのように。
 村長はああ言ってくれてはいる。だが、人間でなく飼われたものでもないものが、防壁の中にいてよいのだろうか。人と飼われたものだけが住む村に。
「話しておいた方がよいか……」
 ユァンの様子を見つめていた村長はそうつぶやく。
「ユァン、昨日森で短剣を見つけた場所を覚えているかね?」
「えっ」
 突然の問いに、ユァンは戸惑いつつうなずく。
「その近くに、幹の白い木がなかったか?」
「幹の白い……?」
 ユァンは記憶をたぐる。丘の頂上、ウェイが登りたがっていた木の幹が、光の加減によって白っぽく見えていた。張り出した枝が空に伸び、見事な形をなしていたのを覚えている。
「あったと思いますが……」
「ちょっと出て、その木のところに行ってきてはもらえないだろうか」
「……?」
「確証があるわけではないのだが、あの木はおそらく、おまえに近い境遇にあった男だ」
 魔獣、ということだろうか。
 だが村長がなぜそのようなことを知っているのだろう。
 村長は続ける。
「虫のよい話だが……彼ならばおまえを理解してくれるかも知れない」
 ユァンは悟っていた。
 その男は、過去にこの村にいた。そして村長も知っている人物だったのだ。そして、おそらくは紋章入りの短剣があの場所に落ちていたことと何か関係があるに違いない。そして、未だに気になるからこそ「幹の白い木」という手がかりを割り出したのだろう。
「わかりました」
 ユァンは立ち上がる。村長の思っているように救いがあるかどうかはわからないが、これからどうすればいいのかもわからない。だから、どんなことでも手がかりをつかみたかった。
 自分は人間ではない。それどころか、人間の村を襲うものの仲間なのだという。
 そんな自分が村にいて、あまつさえ村人を守る「盾」となる。そんなことが許されるものなのだろうか。
 何よりもそんなことを、自分が許せるはずもなかった。

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