人でないものが人のふりをして、魔獣を探す旅に同行していたということを、彼はどう受け止めているのか。
ユァンの視線に気づくと、ウェイはゆっくり立ち上がった。
草を払い、顔を上げ……。
そして、いつもの笑顔を浮かべた。
「はい、二人とも落ち着いて。ユァンも、そっちのちびもな」
両手で制するしぐさをしながら、ウェイが近づいてくる。
まるで、喧嘩の仲裁に来たとでもいうかのように。
「ちびじゃない。ホンルだ」
「じゃあホンル、ちょっとここいらで俺の話も聞いてくれないかな?」
「人間なんかと何を話すんだよ」
「それは困るんだ。またユァンがあれこれ思い悩むじゃないか。なあ?」
「……ウェイ?」
ユァンはウェイがあまりにいつも通りなことに戸惑っていた。ユァンの正体を知って驚かなかったのだろうか。
「どうした? 喧嘩し疲れた?」
「そうじゃなくって……その……俺が魔獣だって……」
「知ってたよ」
あまりにもあっさりと、ウェイは肯定する。
「あの日、おまえが親父と話してるのが聞こえてさ」
「……」
二の句がつげない。
「だから魔獣と話し合いたいと思ったんだ。おまえが自分を人間だと思っても魔獣だと思っても、どっちでも村にいられるようにしたくて」
「だって……」
必死で戸惑いを言葉にまとめ上げる。
「俺がもし人間を敵だと思うようになったら、どうするつもりだったんだ?」
人の手には負えない、姿すら一定ではなく、ただ人を敵視するもの。
いつそうなるともわからぬ者とともに旅をすることは、ウェイにとって恐ろしくはなかったのだろうか。
ウェイは静かに笑う。
「おまえに人間を見限らせることをしたとしたら、俺にはもとから資格なんてないんだよ」
「資格?」
「魔獣と共存できないかを話し合う資格。友達の信頼も得られないで、誰かと仲良くしましょうなんて言えないだろ?」
共存。ウェイはそのようなことを考えていたのか。
確かに、ユァンが魔獣である自分を抱えたまま真影で暮らすには、真影が魔獣と人が共存できる場でなければならない。
ウェイの意図は、最初からそこにあったのか。
「ふざけるな!」
誰よりも素早く反応したのがホンルだった。
「おいら達が人間となんか共存できるわけないだろ!」
「それを話し合いたいんだ」
ウェイはホンルに対しても、落ち着いてゆっくりと話す。ホンルもそうした態度に戸惑っているのか、怒りの矛先が鈍っているようだ。
「ユァンは自分が魔獣だって知ってるのに、人間の俺につきあって、ここまで俺を守って旅してくれたよ。共存できないとは、俺は思わないけど?」
「できるわけない!」
ウェイの言葉を打ち消すように、ホンルは叫ぶ。
「できるわけないじゃん。だって、おいら達を追い払ったのは人間だろう? 魔獣の姿がわかる鏡で追い出して殺して! 仲間が今までどんな目に遭ってきたと思ってるんだよっ!」
「……うん」
「あんな鏡を持ってる奴らに共存とかなんとか言われたって、聞く奴なんかいないやい!」
「そうだね……だから」
ウェイは荷物の奥底から、細長い包みを取り出した。
「これで償えないか?」
「ウェイ、それは?」
今まで見たことのない包みだ。ユァンが尋ねると、ウェイは片目をつぶって見せた。
「真影鏡」
「えっ?」
「……だと思う」
ウェイは包みを解いてみせる。ユァンとホンルが同時にあっと声を上げた。
以前、森で見つけた短剣。
「魔獣はこれを狙って村を襲うんだと親父が言っていた。だから魔獣にとっては大事なものだと思って持って来た。理由はわからなかったけど、槍尖で真影鏡の話を聞いて、もしかしたらと思った。鏡にはちょっと見えないけどさ」
ウェイは淡々と話す。
たしかに、ただの短剣でないことはユァンにもわかっていた。これが真影鏡であるならば、ユァンにとっても無関係のものではない。
(だから、村長はあの時……)
ユァン、この剣を抜いたかね。――そう、村長は言った。
村にはもう、真影鏡という名もその働きも伝わってはいなかった。それでもこの短剣を抜けばユァンの身に何かが起きるかも知れないと、村長は知っていたのだろうか。
「姿のわかる鏡……これを狙って村に来たんじゃないかい、ホンル?」
「本物だ……なんであんたが……」
「なら、君に預けよう。真影の『長』は、もうこれを伝えるつもりはない。これを持っている奴が信用できないんだろう? 信用してもらうためになら、喜んで渡すさ」
ウェイは短剣をホンルに手渡そうとした。
が。
「だまれっ、黙れ黙れっ! 人間はそうやって俺達をだますんだ!」
ホンルは激しく首を振り、叫ぶ。ウェイの言葉を必死で拒絶しているように、ユァンには見えた。
敵であるはずの人間の意外な申し出に戸惑い、行き場のない苛立ちをつのらせている。
子供ゆえに言葉にしきれない感情を、明らかにホンルはもてあましていた。
そして。
「だいたい、こいつの本当の姿を見てもそんなこと言えるのかよ!」
ホンルはウェイの手から短剣を奪い取り、抜き放つ。
そして、刃をユァンにつきつけた。
刃のきらめきを目にした瞬間。
(……?)
自分に何が起きているのか、ユァンには理解できなかった。
ただ、自分の身体を外側から形づくっていた枠のようなものが、突如として音もなく消え去ったことだけは理解できた。
(身体がほどける……)
枠を失い、抗いがたい力が、身体の内側からほとばしり出る。
(これが俺の……)
どこかでウェイが叫んでいる。
だがその声は、もはや彼には届かなかった。
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