守護獣の翼  8 風に散る翼

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「魔獣はね、二つの姿を持つんだ」
 ランタイ――ユァンがかつて接触した、森で眠りについていた魔獣――が、そう説明してくれた。
「一つは、仲間と同じ種族の姿。もう一つは、自分が望んだ姿。君が人の姿なのは、人を自分の仲間だと思っているからだ。でも君はまだ、もうひとつの姿を持っていない。だから、形あるものになれずに消えていきかけたんだ」
「じゃあ、戻ったのは?」
「応急処置みたいなものさ。君が一番よく知っている姿を思い出させて、とりあえず形を取り戻せるようにした。君の友達の思い浮かべた姿を、僕とホンルが送り届けたんだ」
「応急処置ってことは、人に戻っただけってことですか?」
 傍らでじっと聞いていたウェイが問う。ランタイはうなずいた。
「たぶん、また真影鏡を使えば同じことになる。でも……どうすれば拡散しない形を取れるのかは、確実にはわからないんだ」
「ランタイさんはどうなんですか?」
 ユァンが尋ねると、ランタイは穏やかな顔に寂しげな笑顔を浮かべた。
「昔、村でみんなを驚かせてしまった姿になるはずだ。あまり見せたいとは思わないけれどね」
「それが望んだ姿?」
「怒りとか苦しみ、恐怖、憎しみといった感情が強すぎると、それが姿を決めてしまうんだ。感情が負のものだから、見る側にも恐怖を与えてしまうものになってしまう」
「それじゃあ……」
 ウェイは少し沈んだ表情で口を開く。
「魔獣の姿がまがまがしく伝えられてるのは、人間に狩られた怒りの姿だからなんだろうか……」
「そうかも知れない。だが、ユァン」
 ランタイは軽くユァンの背を叩く。知ってか知らずか、ちょうど「翼」のあたりだ。
「確証はないが、怒りや憎しみよりも強い思いがあれば、望んだ姿になれるだろう。もし君にそれができたなら、魔獣と人の関係さえも変えてくれるような気がするよ」
「強い思い……?」
 ユァンは口の中で繰り返す。
 今にして思えば、玉輝でとめどない怒りとともに「翼」が実体を持とうとしたことがあった。ウェイが止めてくれたのがわずかでも遅かったなら、彼は怒りの姿を持ってしまっていたのかも知れない。
 人への怒りを身に刻み込んで、それでも人の間で生きていくことなどできはしない。だが、それを越える思いなどというものになると、ユァンには見当がつかなかった。
「今さら仲良くなんかできるのか?」
 この場にいる人間とはひとまず休戦することにしたらしいホンルが口をはさむ。
「長老のじいちゃんが、いつも言ってるんだ。人間は裏切り、狩り尽くし、そして忘れる、って。おいら達はそんな人間を許しちゃいけないんだって。だから、思い出させるために村を襲い続けるんだ」
 忘れる。
 槍尖でウェイが言っていたことと、どこか重なる気がした。魔獣をあばき出して狩ったために魔獣が人間の敵になったのだとしたら、人間はそれを忘れるべきではない……そんな話だったと記憶している。
 だがユァンは一方で、拡散しかけた時に感じた意識の断片達のことも思い出していた。
(拡散した仲間は、もう人間に対して怒りも憎しみも持っていなかった)
 人間と魔獣は、敵でいなければならないわけではないように思える。
(ウェイが言っていた……一緒にいた意味って?)
 人間が遠い昔に棄ててしまったもの。それを取り戻せば、人と魔獣は共存できるのだろうか。
「そうだよな。忘れちゃいけないよな」
 ウェイがにっこりと笑い、ホンルの頭をなでる。
(あれ? ずいぶんおとなしくなったな……)
 ユァンはいくぶん照れくさそうだが無抵抗のホンルを見て思う。
「先祖がやったことを取り戻せるわけじゃないけど、少なくとも忘れないためにできることはあると思う。……ホンル、長老に会わせてくれないか?」
「えっ……」
 ホンルは躊躇する。
「人間を村につれて行くのは……」
「歓迎はされないだろうけど、そうしないと何も変わらないだろう?」
「そうだけど……」
「あんたはどうなの?」
 メイエイが割って入る。
「あんたは、私やウェイが敵だと思う?」
「え、だって……人間だし」
「あんたの目から見てどうかって聞いてるのよ。人間が敵だとか、そんな誰かの受け売りを口真似してもらいたいんじゃないの!」
 ホンルは返事に窮する。敵だと教えられてきた相手が敵に思えなくなっているのに、どうしても口に出して認められない。そんな様子が、ありありと見てとれる。
 ユァンはしばらく笑いをこらえていたが、一言だけ口を出した。
「でもおまえ、ウェイにずいぶんなついてるよな」
「!」
 ホンルの尾がぴんと立つ。核心をつかれたのが明らかだった。
「畜生っ、これだから風の奴はっ!」
 真っ赤になってホンルは叫ぶ。
「風の魔獣は場の空気や気配を感じ取る……でも、ユァンでなくても今のはなあ」
「うん、わかりやすいよね」
 ランタイとメイエイが口を揃える。ふてくされた表情のホンルにユァンは近寄り、膝をついて同じ高さから目をのぞき込んだ。
「俺からも頼むよ。うまく言えないけれど……魔獣は人の敵として生まれるわけじゃないんだと思う。それに、敵どうしにならずに済むなら、それにこしたことはないんじゃないか?」
 拡散した魔獣たちの「守りたい」という思い。普段の「翼」には感じとれないほどに弱いが、あの時の彼にははっきりと仲間の思いとして感じ取ることができた。
 強い思いが魔獣の姿を変えるというなら、宙に散った思いがいつか集まり、形をなし、あらたな魔獣が生まれるのかも知れない。仲間と同じ姿になるのも、仲間として守っていきたいという思いゆえのことではないか。
 漠然とはしていたが、拡散しかけた時の感覚がユァンにそう告げている。
(たぶん、俺達は……人も魔獣も、いろんなことを忘れてる)
「……わかった」
 ホンルはうなずく。
「でも、村のみんなが怒ってきても知らないぞ。ホントにみんな、人間のこと嫌いだから」

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