「守護獣の翼」番外編

無窮の空

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 村を囲んで高い防壁がそびえ立つ。重く閉ざされた門が、ただ一つの外との接点だ。門を出れば「獣」の領域、もはや、人の領域ではない。
 その門がゆっくりと開かれ、「耕人」の服装をした数人が村に足を踏み入れた。
 「皆さん、お帰りなさい」
 門を守っていた「盾」の女性がそう言うと、先頭の男が笑って答える。
 「いやあ、ユァン君のおかげで、『獣』の心配もせず安心して岩塩がとれました。一人前になったばかりなのに、大したものだ」
 そう言いながら、最後に門に入ってきた青年の方を見やる。短い黒髪にやや赤みがかかった目の彼は、門を閉め、鍵を念入りに確かめていた。
 「『盾』として当然です。皆さんをお守りできないようでは『盾』とは言えません」
 「盾」の女性は表情ひとつ変えることなく答えた。
 一同が村の中へ立ち去り、門の前には「盾」の女性とユァンだけになる。
 「ユァン」
 「はい」
 「『獣』の生息地と動向を報告にまとめておきなさい」
 「わかりました」
 ユァンは軽く頭を下げる。女性の淡々とした口調はいつものことだ。
 が。
 「ユァン」
 歩み去ろうとしたユァンを、女性が呼び止めた。
 いくぶん、柔らかい調子で。
 ユァンの足が止まる。少し振り向き、怪訝そうな表情を浮かべる。
 「よく……無事に帰ってきたわね」
 「はい、母さん」
 ユァンははっきりとわかる笑みを浮かべた。
 村を守る責任を負っている「盾」として、親子の情よりも職務が優先される。報告を終えるまでは、親子といえど「盾」の先輩と後輩の関係に過ぎない。
 だが、両親が厳しく「盾」としての態度を説く一方で誰よりも自分を案じてくれていることを、ユァンは知っている。たとえ血がつながっていなくても、自分が人間ではなくても、自分たちはまぎれもなく親子なのだ。
 目元に笑みを残したまま、ユァンは報告をまとめるために家に向かう。
 ふと。
 ユァンは足を止め、澄み切った空の一点を見つめた。
 「なんだろう。今なにかが……」
 一瞬またたいて消えたその気配は、それきりもうどこにも感じられない。
 ユァンはしばらく首をかしげていたが、やがて再び歩き出した。

 真影村は、ユァンにとって十八回目の秋を迎えようとしていた。

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