バハムートのひみつ


 あれは、ビュウ隊長がいつものようにバハムートに乗ってオレルスの見回りに出かけた時のことでした。

 頭の上をバハムートの巨大な影がよぎると暑い日射しが遮られ、すうっと涼しい風が吹く…そんな瞬間が好きで、私はいつも隊長の見送りに出ていました。隣ではラッシュが同じようにどこまでも広がる空を駆ける神竜を見ています。

 ふと、ラッシュがつぶやきました。

「バハムートってエサ食って成長するのかなあ」

「するんじゃありませんか? 実体持ってるわけですし」

 私はあまり深く考えないままに応えました。

「この間隊長がなにか食べさせてたみたいですよ」

「ふーん」

 ラッシュはこちらを向いて首をかしげました。どうやらほんの思いつきで言ったことだったらしく、それ以上に話題を進めるつもりはないようです。

 バハムートが遠くの空に消え、私達はそれぞれの仕事に戻りました。この時の会話については、それきり私は忘れていました。

 数日後。

 隊長はバハムートを休ませると言って、サラマンダーに乗って見回りに出かけていきました。見送ってから家の中で雑用をしていると、ビッケバッケがやって来ました。

「今ラッシュがキノコいっぱい買って行ったんだけど…」

 いつものように何かをほおばりながら、ビッケバッケが言います。

「キノコ?」

「うん。ラッシュも売るのかな」

 あの戦いが終わり、平和になったこの世界では、敵を毒に侵すキノコはさっぱり売れないようです。ビッケバッケの最近の収入はもっぱらエッチ本の売り上げによるものだということなのですが…かりにも商人向きと言われたラッシュが、売れないとわかっているものを売りたがるなどとは、あまり思えません。

 かといって、売るつもりでないならば、何に使うというのでしょう。

「食べる…わけないですよね。毒なんだし…」

 ラッシュに聞いてみた方がよさそうです。

「そういえば、ラッシュはどこに…?」

「キノコ持って、ドラゴン広場の方に行ったみたいだけど」

 ビッケバッケの言葉に、私は首をかしげました。ドラゴン広場とは、ドラゴン達が待機している、家の前の空地のことです。ちなみにドラゴンをごしごし洗う時も、この広場を使います。

「久しぶりにドラゴンをうにうににしてみたくなったんじゃない?」

「うにうに…ですか」

 私は苦笑まじりにつぶやきました。ドラゴンがうにうにになると、形容しようのない、とても奇妙な形になります。乗る時には苦労するし、うにうに系の技しか使えない(おまけによく失敗する)しで、私はちょっと苦手に思っています。でも一部の人達は、あの奇妙な形が病み付きになるのだと言っていました。不気味さが快感に変わるとかなんとかで、毎日のようにドラゴンをうにうににして眺める人もいたとか、はたまた、全ドラゴンをうにうににして出撃する人もいたとか。私には理解できません。ともあれ、キノコは大量に手に入る上に安価なので、ドラゴンをうにうににするのにうってつけのエサなのです。ラッシュも不気味さと快感の狭間に酔ってみたくなったのでしょうか。

「見に行ってみましょうか」

 私はビッケバッケと一緒に外に出ました。

 ドラゴン達が遊んでいます。パピーが跳ねるたびに、かるい地響きがしていますが、これはいつものことです。ひときわ大きな影は、この世界の守護神竜、アルタイルで実体を得たバハムートです。

 ラッシュはバハムートの前にいました。

「一度でいいから、バハムートにエサやってみたかったんだ」

 満足げにつぶやくラッシュ。そういえば彼はいつも隊長のやっていることに挑戦したがっていましたっけ。この間私がうかつにも「隊長がバハムートにエサをやっていたようだ」などと言ってしまったせいでしょうか。

「ラ…ラッシュ! それは…」

 ラッシュの手のキノコが目に入った途端、私は叫んでいました。

 ビッケバッケから買った大量のキノコを、ラッシュは次々にバハムートに与えています。バハムートも満足げにキノコを飲みこんでいるようです。

 ラッシュの狙いが、やっとわかりました。ラッシュはバハムートをうにうに変化させたかったのです。

「あ、トゥルースか。いいところに来たな。あと四個でうにうに度が一〇〇になるはずだぜ」

「い、いいんでしょうか」

 隊長がいない時に、こんなことをしてしまって…。

「大丈夫。ちゃんと万能薬も用意してあるからさ」

「そんなこと…あっ」

 見る間に残り4個のキノコがバハムートの口中に消え…。

 むしゃむしゃむしゃ、ごくん。

「あああ、飲んじゃった…」

 そう言いつつ、ちょっぴり見たかったことは否定できません。バハムートがうにうにになった姿…見たい気持ちと見たくない気持ちがないまぜになって、私の心の中でぐるぐるまわります。私は思わず下を向いてしまいました。

「あれー?」

 ビッケバッケの声です。

「何も起きないけど?」

 ぐるぐるまわる気持ちを止めて顔を上げると、そこには普段と変わりないバハムートの偉容があります。

「おっかしいなあ…おい、ビッケバッケ!」

「え?」

 ラッシュはビッケバッケに何事かを耳うちします。

「ええー?」

「いいじゃん、おまえも見たいだろ?」

「しょうがないなあ…」

 そんな会話の後で、ビッケバッケはどこかへと走り去り、やがて大量のキノコを抱えて戻ってきました。そんなに抱えて、身体にキノコが生えたらどうするんでしょうか。

「持ってきたよ」

「よーし」

 ラッシュはエサやりを再開しました。さっきと同じぐらいに沢山のキノコが、バハムートの胃の中に送りこまれていきます。

 が。

「…なんで変わらねえんだ?」

 バハムートは一向にうにうにになりません。

「おまえら…何やってるんだ?」

 唐突に背後から声がしました。振り向くと、いつの間に帰ってきたのか、隊長が立っているではありませんか。

「たっ…隊長!」

 私の声に、キノコに夢中になっていたラッシュとビッケバッケも振り向きます。

「わっ、ビュウ」

「アニキ!」

「何だ? バハムートにキノコやってたのか?」

 ラッシュがあわてて隠そうとしましたが、その前に隊長が証拠のキノコを見つけてしまいました。何をやっていたのか、バレバレです。

「…い、いやあ…」

 ラッシュが頭をかきながら弁解します。

「バハムートがうにうにになった姿って面白いかなーって思ってさ…」

「うにうに?」

 隊長はしばし、バハムートとラッシュの腕の中のキノコを見比べていましたが、やがてにやりと笑って言いました。

「キノコやっても無駄だったろ?」

「あ、ああ」

「あたりまえさ」

 隊長は片目をつぶってみせて続けます。

「バハムートって、ブラックドラゴンなんだぜ」

「ブラックドラゴン?」

 三人の声が、見事にハモりました。

 そういえば、実体を持って戦うバハムートを、私達は見ていないのです。うにうに系の技が出るかどうかなど、知る由もありません。でも誰が、バハムートがブラックドラゴンだなんて考えてみるでしょうか。

「じゃあ、もとからうにうにだったんだな…」

 気が抜けたような声で、ラッシュがつぶやきます。隊長はうなずくと、

「じゃあ、うにうにじゃないバハムートってどんなのか、気にならないか?」

「そりゃあもちろん」

「まさか…隊長…」

 何やら含みのある笑いを浮かべる隊長。その手には万能薬が握られています。

「一度見たら、忘れられないぜ…これは」

「アニキってば…試してたんだね」

 ビッケバッケが不満げな声をもらします。

「教えてくれたらよかったのに」

「…刺激が強すぎるかと思ってさ」

 えっ?

 どんな姿なのでしょう…私の脳裏には、思いつく限りの衝撃的なドラゴンの姿が次々と浮かびました。ラッシュやビッケバッケも同じようなことを考えているようです。

 隊長の差し出す万能薬をバハムートがくわえ…。

 ごくり。

 バハムートが万能薬を飲み下す音と、私達がつばを飲みこむ音が重なりました。

「す、姿が変わる…!」

 ラッシュの声。

 そして。

 

 あの時に私達が見たもの。

 今でも私には語ることはできません。……ただ、見た瞬間に自分でもわからぬまま、ラッシュの抱えていたキノコを全部奪い取り、バハムートの口に押しこんだということだけをつけ加えておきましょう。

 ビュウ隊長は今日もバハムートに乗って空を駆けめぐっています。勇気のある人です。やはりマテライトが言うとおり、隊長はとてつもない男なのかも知れません…。

(おわり)

[POINT-S]