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第三話 オブジェは校舎を埋め尽くす

5 開かずの間に潜むもの (上)

 圭一郎はプレハブの棟にずらりと並んだ扉の一つの前で立ち止まる。「オカルト研」と書かれた扉には鍵がかかっていた。
「さっきも開かなかったところだ」
「征二郎、そういうことは先に報告するように」
「ちなみにオカルト研の部長は今日無断欠席しているようです」
 先ほど各部の部長への連絡を担当した副会長が口を挟んだ。別の生徒会役員が部室のマスターキーを持って来る。貴志が鍵を開け、ノブを回した。
 が。
「開かない」
 貴志はわずかに動いた扉の隙間から、中をのぞき込む。
「中に何かが積んであるようだな」
「バリケード?」
「いや、ちょっと違うようだ ……ん?」
 ふっといぶかしげな表情を浮かべ、貴志は隙間に耳を当てた。
「どうした?」
「声がする」
 圭一郎は貴志に代わって耳を当てる。
「『誰か助けて』って言ってる?」
「やっぱりそう聞こえるか」
「うん。それに妖魔がかなりいる気配がする」
 圭一郎はしばらく考えてから、宝珠を取り出して剣に変える。
「征二郎」
「えっ?」
「この隙間から斬るんだ」
「それって、中に妖魔がいてドアふさいでるってこと?」
「たぶんね。試してみよう」
 征二郎は半信半疑の顔つきで剣を受け取り、鞘から一気に引き抜く。
「大丈夫なのか? 妖魔じゃなかったら……」
 心配する貴志に、圭一郎は笑みを向ける。
「妖魔しか斬れない剣だから大丈夫。それより、ドアを押さえるから手伝って」
 貴志と圭一郎が扉を押さえて隙間を確保してから、征二郎は隙間の奥に剣を差し込んだ。確かな手応えを感じる。
「あたり、だ」
「よし、じゃあドアが開けられるぐらいまで続けて。たぶん無断欠席の部長あたりが閉じ込められてるんじゃないかな」
 征二郎は黙々と作業を続けた。本来地道で目立たない作業は苦手であるが、宝珠の剣を振るう立場としては、そうも言っていられない。
 やがて隙間は少しずつ広がり始めた。外の光が入り込み、扉をふさいでいたものの形が見えてくる。
「いったいどんなやつが……」
 剣を手にしたまま、なにげなく征二郎は中をのぞき込んだ。
「!」
「どうした?」
 思わず後ずさった征二郎に、圭一郎が尋ねる。
「中見てくれよ、中」
 促されてのぞき込んだ圭一郎と貴志もまた、愕然とした表情を浮かべ、一歩退く。
「なんでこんなものが……」
「征二郎、とにかく斬れ!」
 征二郎の剣を振るう勢いが、明らかに増している。一刻も早くこんなものは片づけてしまいたい、という様子がありありと見て取れた。
 まもなく扉が開き、中にひしめいていたものの一体がごとりと転がり出た。
 役員たちの間から悲鳴が上がる。
 それは、人のような形をしていた。今朝から大量発生したオブジェの一つのようだが、生きた人間を模したものではない。
 ぼろぼろの着衣、落ちかかった目玉、変色し、ただれてはがれ落ちた皮膚、何かを求めるように突き出された両腕。
 B級ホラー映画に出てくるゾンビそのもののオブジェが、部室内に林立していた。
「これはこれで、見事な造形かも」
「斬る身にもなってくれ!」
 無責任な外野の感想に、征二郎が抗議の叫びを上げた。
「悪趣味も大概にしろーっ」
 狭い部室の中では剣を振り回せないので、一気に突き、横に斬り払う。宝珠の剣に斬られたゾンビは塵と化して消えていった。
「ホラー映画みたい」
 誰かがそうつぶやく。さんざん働いた上にホラー映画の登場人物扱いされてしまった弟を、圭一郎は心底気の毒に思った。
 征二郎の方はゾンビの壁を地道に崩し続けている。圭一郎は部室に入り、様子をうかがった。
 部室はゾンビで隙間がないほどに埋め尽くされていたようだ。助けを求めていた声は、今は聞こえない。室内に人の姿は見あたらなかった。
(空耳だったのかな?) 
 圭一郎は注意深く室内を見渡す。かなり数の減ってきたゾンビの向こうに、机とロッカーが見えた。ロッカーの扉に挟まった、カッターシャツの裾とおぼしき白い布に、圭一郎は目を留める。
(中に隠れてるのか)
 その間にも征二郎がゾンビを斬っていく。最後のゾンビが霧散していくと、あたりから妖魔の気配が感じられなくなった。
「今度こそ終わったのか?」
 貴志の問いに圭一郎はうなずき、呼びかける。
「もう出られますよ、ロッカーの中の人」
「た、助かった……」
 足元から声がした。ロッカーの中ではない。
 圭一郎はぎょっとして声のした方向を見た。机の下から一人の男子生徒がごそごそと這い出してくる。分厚い眼鏡といくぶんむさ苦しい風体には見覚えがあった。たしか、オカルト研の部長をつとめる三年生である。
「昨夜から閉じ込められてて……いや、もうどうなることかと」
 続いてロッカーが開き、中からもう一人転がり出てくる。やはりオカルト研の部員だろうか。 
「あれえ?」
 ロッカーに隠れていた部員は、部屋の中を見回す。
「あんなにいたのに、全部消えてる?」
「消えたんじゃなくて消したの! 俺が!」
 「俺」をことさらに強調して、征二郎が答えた。部長は征二郎の方を向き、手に持ったままの宝珠に気づく。
「君はもしかして、宝珠兄弟の弟のほう?」
「そうっすけど」
(お笑い芸人みたいな呼ばれ方だな)
 圭一郎はひそかに思う。
 オカルト研の二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、あの死体はやっぱり妖魔だったんだ」
 部長がうなずく横で、もう一人が急にはっとした表情になり、征二郎に詰め寄る。
「まさか全部退治しちゃった? 外のも……」
「当たり前だ!」
「ちょっと待った」
 征二郎の言葉を、圭一郎がさえぎる。
「貴志君、今の聞いた?」
「ああ」
 緊迫した面持ちになった二人に、征二郎は首をかしげる。
「どうかした?」
「おまえ、気づかなかったの?」
 圭一郎はオカルト研の二人の前に進み出た貴志を指し示す。貴志はゆっくりと口を開いた。
「昨夜からここに閉じ込められていたのに、どうして外に妖魔がいることがわかったんだ?」
 オカルト研の二人は明らかにしまったという顔を見せた。
「それは……その」
「しかも」
 貴志はたたみかける。
 静かに、だが容赦なく。
「部室に増殖したものが妖魔だったのが『やっぱり』なのはどうして?」
「い、いやあ、それは言葉のあやというもので」
 二人はどう見ても不自然な取り繕いを重ねるが、貴志は詰問を続けた。
「だいたい、昨夜ここで何をしていたんだ?」
「そ、それは……ホラーのDVDを少々……」
「試験中なのに?」
「う……で、でもホラーはオカルトじゃないから」
「部活動ではない、と。それは考慮するとして、ゾンビが出た時は何をしていた?」
「えーと……いや、あれは正確には『ゾンビ』じゃなくてリビ」
「どうでもいい。あのオブジェが出現した時に何をしていたか、聞きたいんだけど?」
「それはその……」
「征二郎、見ろよ」
 圭一郎はひそひそと床を指さす。ちょうど机の下あたりに、プラスチックの箱のようなものが落ちていた。
「え? あれってまさか」
 貴志のすぐ近くに落ちているため、今すぐ拾い上げることはできないが、その箱には二人とも見覚えがあった。
 三年B組のロッカーから発見された、妖魔を呼び寄せてオブジェ騒動を引き起こした装置。
「ってことは……」
 不自然な態度といい、この蚊取り器といい、このオカルト研の二人がオブジェ騒動になんらかの形でかかわっていたことはほぼ確実なようだ。貴志も気づいているのだろう。
 だが貴志は核心には触れようとせず、じわじわと周囲から攻め続けていた。
 真綿で首を絞める、という形容がいかにもふさわしい貴志の問い詰めようを、圭一郎はと征二郎は固唾を呑んで見守った。
 というよりは、手の出しようがなかった、と言うべきかも知れない。
「今日の貴志はすごいな」
 征二郎が圭一郎にささやきかける。
「相当怒ってるんだと思う」
 圭一郎はそう返す。統率力と決断力にすぐれ、異常な事態においては誰よりも頼りになる貴志は、ひとたび怒らせると静かだが手のつけられない存在になる。半日あまりオブジェ処理に振り回されたのだから、無理もなかろう。
 頼むからもう「犯人はおまえだ」とでも言ってくれ。
 オカルト研の二人が泣きそうな表情で訴えかけるが、貴志は素知らぬ顔で質問を続けた。
 彼らが限界に達したタイミングで、貴志はとどめの質問を投げかけた。床に落ちていた蚊取り器を拾い上げ、二人につきつける。
「三Bのロッカーにも同じものがあったな。これなんだか知ってるよね?」
「……はい」
 抵抗する気力はとうにそがれている。二人はがっくりとうなだれた。
「僕らが作った、妖魔を呼び寄せる装置っす」

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