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20話 淵源・後編

1 望まぬ戦い (下)

 鉄格子が大きな音を立てた。
 座り込んだままの征二郎がとっさに構えた木刀がかろうじて護宏の攻撃を弾き、護宏の木刀が鉄格子にあたった――圭一郎にはそう見えた。
 護宏は休むことなく、次の一撃を加えるべく、木刀を再び振り上げる。
(あいつ、本気で征二郎を!)
 鉄格子の立てた音は、護宏の木刀の衝撃が相当に強いものだったことを示していた。あの一撃が征二郎の上に直接振り下ろされたら――そう思った瞬間、圭一郎は我を忘れた。
「やめろーっ!」
 叫ぶとと同時に圭一郎は木刀を構えざま護宏に駆け寄り、渾身の力をこめてその胴を横になぎ払った。
 次の瞬間。
 とてもいやな感触が伝わってきて、圭一郎は思わず木刀を取り落とした。
「あ……」
 圭一郎は我に返る。
 護宏を傷つけたかったわけではない。戦っている間も、本当にダメージになるような攻撃は避けてきた。
 それなのに。
 おそるおそる見ると、護宏が鉄格子から数メートル離れたところにうつぶせになって倒れていた。前田がつかつかと近寄り、護宏を見下ろしている後ろ姿が見える。
 竹刀ではなく木刀で、それも防具をつけていない相手の胴を全力で払ったのだ。恐らく、無事では済まない。
「そんな……つもりじゃ」
 圭一郎の目は倒れた護宏に注がれたままだった。その目の前で、護宏の手がぴくりと動く。
 腹部への衝撃で声が出せなくなっているのか、ぐ、う、といううめき声を上げながら、その手が床をつかむ。その手を支えに、ひざをついて上体を起こす。うつむいたままの口元から血が流れているのが見えた。
「まだだ……まだ沙耶を……」
 切れ切れにそんなつぶやきが聞こえる。
 圭一郎は悟った。
 護宏はまだ、勝負を投げていない。
 すべては、沙耶を救うために。
 こんなはずではなかった。真剣勝負のふりをして、五分以内に負けを認めて沙耶を解放するつもりだったのだ。
 その時。
(?)
 不意に妖魔の気配がした。気配の方向には沙耶を監視する鬼の顔がある。
(結界が解けた?)
 今なぜそんなことに――そう思いながら、圭一郎は護宏の方に視線を戻す。
 そして、もうひとつの異変に気づいた。 
 苦痛に顔をゆがめつつ立ち上がりかけた護宏が、再びがくりとひざをつく。立ち上がろうと力を入れているようだが、ひざをついた状態から立てないようだ。
「きさ……ま……」
 護宏は前田の方に顔を向け、絞り出すように苦しげな声を出した。
「俺に……なにをした?」
「ははははは! ついに捕えたぞ!」
 前田の笑い声が工場内に響き渡った。 

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