[index][prev][next]

24話 思いの集まるその先に

5 残酷な見通し

 翌日。
 祝日かつ冬休みの初日だが、二人は妖魔退治に奔走していた。
「今日はこれで終わり?」
 市役所裏の路地に潜んでいたウワバミタイプを斬った征二郎がそう尋ねる。
「とりあえず、今のところは。駅前からバスで帰ろう」
 圭一郎が答えて、バス停に向けて歩き出す。
 二人は警察から次々に入ってくる依頼を受けて、朝から市内のあちこちをバスや徒歩で移動している。バスに乗っている間は休憩時間のようなものだが、圭一郎はその間にもメールチェックと出現場所までのルート検索に余念がない。現地までは自分で移動しなければならないのだ。
(交通費が出るようになっただけましかなー)
 バス停のベンチで、圭一郎は乗ったバスの時刻と料金を思い出しつつ手帳に書き留める。後で警察に届ければ、交通費分を支給してもらえるのだ。 
「いきなり忙しくなったよな」
「しょうがないよ。警察も僕たちが冬休みに入るのを待っててくれたんだろうし」
「にしても、市内だけでこんなに出てたんだな」
「気配はこんなもんじゃないけどね」
 圭一郎は苦笑する。いくら妖魔を退治しても、大して減ったという気がしない。それほどに妖魔の気配はそこかしこに満ち満ちていた。
「退魔師はほかにもいるから、僕たちに頼むのは市内の北東部ってことらしいよ」
「じゃあリンリンさんとか、西の方で退治してたりするわけ?」
「かもね」
 誰がいつどの妖魔を退治したのかは、後日更新されるデータベースの情報を丁寧に見ていけばわかる。だが、そんな余裕は今の彼らにはない。自分たちに割り当てられる妖魔を退治するだけで精一杯といったところだ。
「ふーん、みんな大変なんだ」
「いっそ仕事になってくれたら楽なんだけどね」
 圭一郎の脳裏に、木島の姿がふとよぎる。妖魔退治のビジネスモデルを構築しようとしていた経営学者。前田が事件を起こすようになってからは妖魔研究から手を引き、アメリカに渡ってしまった。彼女の計画が進んでいれば、妖魔退治は今頃職業として成立していたかも知れない。
「ま、言ってもしょうがないことだし、こっちはこっちで頑張るだけかな」
 征二郎に向けてか、自分に言い聞かせてか、判然としないままに、圭一郎はそう言った。
「なあ圭一郎、あれ見ろよ」
 駅の方角を征二郎が指さした。駅ビルの外壁のワイドビジョンに、ニュースとおぼしき画面が映し出されている。
「なんだよ、ニュース?」
「今、妖魔がどうとかって出てた」
 圭一郎はあらためてビジョンに目をやるが、地方裁判所の入口らしき映像や、半年ほど前に話題になった連続殺人事件の被告の顔写真などが流れているだけで、妖魔と関連のあるニュースには見えなかった。
「妖魔? どのへんが?」
「ええと、なんか判決が出て遺族がどうとか」
 征二郎もテロップを見たのは一瞬だったらしい。さっぱり要領を得ない返答にこれ以上の情報を彼から得ることをあきらめ、圭一郎は携帯電話を操作する。
「テレビ見るの?」
「違うよ、携帯サイトのニュースで出てないかと思って」
 征二郎の方が携帯電話を持ち歩くことが多いのだが、征二郎は案外携帯の機能を使いこなしていない。通話とメール程度だ。ネットに接続し、情報を探すために携帯電話を使うのは、もっぱら圭一郎の方だった。
「あ、これかな?」
 ニュースサイトの速報画面に「妖魔」の文字を発見し、圭一郎はなにげなくそう言って見出しを読もうとした。
「!」
「どうした?」
 顔色の変わった圭一郎に征二郎が気づき、携帯電話の小さな画面をのぞき込む。
「うわ、マジかよ」
 それきり征二郎も言葉を失った。
 二人がのぞき込んでいる画面には「判決に怒り 遺族が妖魔に変身」という文字が表示されていた。

 圭一郎は記事の内容を表示させる。速報ゆえにたいした情報は出ていなかったが、連続殺人事件の被告に無罪判決が下された直後、傍聴席の遺族の一人が姿を変えて暴れ出し、被告や取り押さえようとした警官を含む十数人が負傷したという。
「たぶん、無罪判決が出たことで、この人の願いがかなわなかったから――行き場のない思いが集まってきやすくなったんじゃないかな」
 圭一郎は言葉を慎重に選びつつ、征二郎に説明した。確かなことがわかっているわけではない。事件の内容からしてニュースで聞きかじっている程度だし、裁判の過程も知っているわけではない。ここで何を言っても、まったくの部外者の憶測でしかないのだ。
 それでもさほど的外れなことを言っている気はしない。少なくとも人が妖魔に変貌する原因に関しては、間違ってはいないのだから。
「なんで無罪だったんだ? 殺人事件だろ?」
「精神鑑定で、事件当時の判断能力がなかったってことになったらしい。そりゃあ、遺族もやりきれないよね」
「なんとかならないのか?」
「僕たちが行くってことなら、無理」
 圭一郎はネットへの接続を終わらせ、携帯電話を征二郎に渡しながら言った。
「この裁判所、九州だから。気になるけど、あっちの退魔師がこの人を助けてくれることを祈るしかできないよ」
「うーん……」
 征二郎はまだ釈然としない様子だ。
 気持ちはわかるが、どうしようもない――圭一郎がそう言いかけた時、征二郎が手に持ったままの携帯電話の着信音が鳴った。
「あ、吉住さんっすか? 征二郎です。……ちょうど今その話してて……あ、やっぱり……」
 征二郎のいくぶん沈んだ調子の返答から、おおよその内容が推測できた。
(妖魔になった遺族の人、助けられなかったんだ……)
 おそらくは、妖魔として退治されてしまったのだろう。
 遠く離れた場所で起こったことだ。二人ができることは始めからなかった。
 それでも、やりきれない思いはつのる。
 なによりも圭一郎がやりきれないのは、このような事件が今後もますます増えていくだろうという、あまりに残酷な見通しだった。
 

(第24話 終)

[index][prev][next]