守護獣の翼  10 翼ある盾

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 気がつけば一夜が明けていた。倒れたユァンを看病してくれていたのは、同じ風の魔獣であるリウユンと「医師」のランタイだった。ウェイとメイエイはホンルに案内され、村を見て回っているという。
 ウェイと長老の間でどんな話が交わされたかは定かではないが、魔獣達が敵として真影を襲った時代が過去へと過ぎ去ったということだけはわかった。
「ただ、魔獣が魔獣として人とつきあうようになるのか、人や他の生き物の中でそれぞれの仲間を守っていくのかはわからない。今度は私達が考え、選ばねばならぬのだがな」
 リウユンが静かに言う。
「いずれにせよ真影の歴史に、守る者としての魔獣の記録は残される……そう、おまえの友は約束した。人間を完全に信じられるわけではないが、その言葉は信じてみようと思う」
「ええ」
 ユァンはうなずいてみせる。
「他の村や町はどうかはわかりません。でも、真影はウェイが変えてくれると思います」
「そうだな」
 その時、扉が開いた。見るとメイエイが戸口に立っている。
「あっ、ユァン起きたんだ。大丈夫?」
「ああ、平気」
「ひとまず真影に帰ろうってことになってるんだけど、出られるかな?」
「えっ、ちょっと待って」
 ユァンはあわてて立ち上がる。
「そうか、親父さんによろしくな」
 悠然と手を振るランタイに、ユァンは怪訝な目を向けた。
「ランタイさん……村には戻らないんですか?」
「旅に出ようと思ってね。知りたいことができたから」
 ランタイの意外な言葉にユァンは驚く。驚きつつ、身支度を整える。
「僕はずっと、森で地の中に拡散していった仲間の声を聞いていた。僕達が仲間を守るために姿をも変えるものだということもわかった。季節の移り変わりの中でそんな声を聞いていると、暑すぎず寒すぎず、適度に雨が降って適度に日が照って……という当たり前のことさえ、仲間の守りがあるからのような気がしてくる。……でも、それは不思議なことじゃないかと思うよ」
「不思議って?」
「なぜ、僕たちはここまで守りたがるんだろう。空気や大地の一片になっても。それに……何を守っているんだ?」
「それは……」
 ユァンの手が止まる。
 確かに、自分が存在するよりも先に「守りたい」という思いがあるのは、奇妙といえば奇妙だ。仲間がいれば仲間と同じ姿で、そうでなければ見えない風や水や地の中で。
「長老に聞いた話だが、森の向こうに、死の大地に囲まれた『はじまりの地』があるという。どんなところなのかは誰も知らぬのだが。ランタイはそこを目指すそうだ」
 リウユンが教えてくれる。
 自分は何か、そんな答えを探し続けた旅は終わろうとしている。
 だが、自分達――魔獣とは何か、ということは、誰も知らないのだ。
 ユァンはランタイの旅に、どことなく心ひかれるものを感じていた。むろん「盾」としてウェイとメイエイを守るのが彼のすべきことなのだが、魔獣の存在する意味を知りたくないわけではない。
「そのうち真影に立ち寄ることがあったら、よろしく頼むよ」
「その時ははじまりの地のこと、教えて下さい」
 二人は握手をかわす。外でメイエイが呼んでいる声が聞こえた。


 うねる緑の大地の彼方に、真影村の防壁が見える。
「ああ、久しぶりだなあ」
 いち早く防壁を見つけたウェイが感嘆の声を上げた。ユァンも一抹の感慨をもって防壁を眺める。
 戻って来たのだ。
 旅に出た時には、自分の正体を直視したくない思いで周囲が見えていなかったような気がする。ウェイが旅の最初から彼の正体を知っていたことも、だからこそ魔獣との共存などという、誰も試みようとしなかったことを目指したことも、ユァンには見えていなかった。
 今は、どうだろうか。
 魔獣が真影を襲わなくなるとはいっても、紅裳では「鬼」に似た魔獣の怪談が伝えられるだろうし、玉輝では時として魔獣以上にたちの悪い人間が「盾」を悩まし続けるだろう。ウェイはあくまで真影の次代の「長」でしかないのだ。
 だが、この旅がなければユァンは不完全な魔獣のまま、居場所のなさを感じ続けて生きねばならなかっただろう。
 今もやはり、先が見通せるわけではない。だが、「盾」として生きる場がユァンにはある。
 それで十分なのだと、ユァンは思った。
「あっ、鮮朱」
 ふと見やった木の幹にからみつくつるに、メイエイが目をつける。
「ユァン、朱虫捕まえられない? 村の中で飼えないか試してみたいの」
「えっ、『獣』を村で?」
「そうしたら鮮朱を栽培できるよ。いいじゃない。変えていかなきゃ始まらないんだし」
「……」
 ユァンははっとしてメイエイを見る。やはり彼女は、ウェイの一番の理解者だ。
 そしてふと気づく。二人のお守りに頭を痛める日々がまた始まるのだと。
(まあ、いいか)
 そんな何気ない日々の積み重ねが築くものを、もう彼らは知らないわけではない。
 ユァンの口元に笑みが浮かんだ。そしてつぶやく。
「……水入れに入るかな」
「そうこなくっちゃ」
「じゃあ、メイエイへの土産は朱虫だな」
 ウェイが笑いをこらえつつ言う。ひどーい、というメイエイの抗議の声を聞きながら、ユァンはもう一度くすりと笑った。


(守護獣の翼 終)

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