[index][next]

第二話 影の薄い妖魔

1 ほの見える気配(1)

「おい、征二郎!」
「……んあ?」
 何度か強くゆすぶられて、征二郎はやっと目を覚ました。突っ伏していた机から顔を上げると、隣席の堀井が苦笑いを浮かべている。
「授業終わってるよ」
「あ」
  征二郎は頭をかいた。眠りに落ちる前は、確か国語の授業が始まったばかりだったはずなのだが、既に教壇には誰もいない。
「また最後まで寝てたな。いくら話が退屈だからって、そこまで熟睡するなよ」
「いや、でもさあ」
 さすがに起こされるほどに熟睡してしまった照れもあって、征二郎は反論を試みる。
「俺だけじゃないだろ、安原の授業で寝るのって」
「けど、休み時間になったらいくらなんでも起きるだろ」
「悪かったな」
 現代文を担当する安原教諭の話は長い。長い上に難解でかつ単調な授業は、生徒達の眠気を誘うことで有名だった。長年研究を重ねて構築した独自の解釈理論なのだそうだが、独自すぎて誰もついていけない。安原本人は独自の理論を語るのに夢中になるあまり、生徒たちがばたばたと机に突っ伏していくのにも気づかない。
 征二郎も安原の授業で眠りに落ちやすい生徒の一人だった。まして宝珠家の当主になって間もない最近は、妖魔についての分類方法や一族の歴史などを覚えなければならず、寝不足気味なのでなおさらである。
「征二郎!」
 緊迫した声に、征二郎は振り向く。教室の入り口に圭一郎が立っていた。そのまま教室に入り、つかつかと征二郎の机までやって来る。
「どーした?」
「なにか変わったことは?」
「え?」
 圭一郎の質問の意味がわからない。圭一郎は張りつめたおももちで切り出す。
「妖魔の気配」
「!」
 がたっと音をさせ、征二郎は立ち上がる。
「どこに?」
「それが……」
 圭一郎は言いよどんだ。
「今はもう消えてる。けどさっき……授業が終わる前ぐらいに、このあたりで弱い気配があったんだ」
「あ、俺寝てた」
「……」
 圭一郎が露骨にあきれた顔をする。その視線から逃れるように、征二郎は堀井に声をかけた。 
「なあ、さっきの授業の終わりになんかあった?」
「え、何が?」
 堀井も何も気づかなかったらしい。周辺の何人かにも尋ねてみたが、異変に気づいた者はいなかった。
「……ならいいんだけど」
 釈然としない表情で、圭一郎が言う。
「何かあったらすぐ剣持って駆けつけるから、寝るなよ」
「努力はしてみる」
 征二郎はそう答えたが、本気で努力するつもりはあまりない。起きていても、どのみち妖魔の気配は大してわからないのだ。
「そうかー、おまえら当主継いだんだっけな」
 圭一郎が立ち去った後、話題の流れからか、数人が征二郎のまわりに集まる。宝珠家は資産家というわけではないが、古くからこの地域に続く一族なので、それなりに話題性はあった。
「なんかすごいよな、それって」
「なあ、妖魔がこのへんにいるってほんとか?」
「いやー、俺わかんないんだ。倒すの専門だから」
「なんだそりゃ」
 二人がかりでないと妖魔を退治できない。とはいえ、剣を渡されればどんな妖魔にも勝つ自信が征二郎にはある。だから、自分に妖魔を感知できないということを引け目に感じることはなかった。
「じゃあ、近いうちに征二郎の妖魔退治シーンが見られるかもな」
「おう、期待しててくれよな」
 征二郎は元気よく答える。クラスの中で見せ場を作れることは、彼にとって単純に嬉しいことだった。

[index][next]