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第三話 オブジェは校舎を埋め尽くす

4 オブジェ処分作戦

 生徒会室。
「総数一八五二体以上、か」
 完成したリストを眺め、貴志がつぶやいた。「以上」となっているのは、数が多すぎて数えられなかった教室があるせいだ。
「そんなにあるんだ……」
 校内を回ってオブジェをひとつひとつ斬っていくのは、どれだけ手間のかかる作業になるだろう。校内にあふれかえるオブジェを見れば容易に想像がつくことではあったが、あまり直視したいことではなかった。あえて考えないようにしていた現実をつきつけられて、征二郎はうんざりした顔になる。
 妖魔退治の仕事がいやなわけではない。だが、ものには限度というものがある。動かず無害とはいえ、二千体近い妖魔は、どう考えても一人の手には余る。
(でも俺がやるしかないんだよな……)
 気が遠くなりかけている征二郎のかたわらで、圭一郎は貴志や生徒会役員と、オブジェの処分について打ち合わせをしていた。
「せめてなんとか一ヶ所に集めたいな。校庭とかに」
「圭一郎、持ったり運んだりしても大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫。ただ、もしもの時は僕と征二郎が駆けつけるから、あんまり一斉に運び出さないほうがいいかもね」
「わかった。じゃあ上の階から順番に、箱でも袋でもなんでもいいから詰めて、ホームルームの時間に運び出してもらおう。その後で部室からの運び出しにかかる。各部の部長に連絡を。それから……」
 貴志がてきぱきと指示を出す。機動力のある生徒会の働きで、オブジェの搬出作業は大したトラブルもなく進んでいったが、それでも作業が完了するまでにはホームルームの時間をまるごと費やした。

「さて」
 校庭にうずたかく積まれたオブジェの前に、二人は立つ。少し離れて、貴志たち生徒会役員が見守っていた。見上げると、窓という窓から好奇心に満ちた顔が覗いている。
 注目の的だ。
「征二郎、準備はいいか?」
「いつでもオッケー!」
 圭一郎は宝珠を握った手を前に突き出す。次の瞬間、圭一郎の手から光がほとばしり、一振りの剣へと姿を変えた。
 おおっ、というどよめきが周囲から起こる。
 圭一郎から受け取った剣を、征二郎が一気に抜き放つ。妖魔だけを斬る刃が、日の光を受けて輝いた。切っ先をオブジェの山に向け、ぴたりと構える。
「なんかかっこいいな」
 生徒会役員の誰かの声を聞きながら、征二郎は気合いの声とともにオブジェに斬りかかっていった。

 一時間後。
「……お、終わった」
 すっかり片づいた校庭に、征二郎はへたりこんだ。
 腕がずっしりと重い。宝珠の剣は金属でできているわけではないが、手にした時にはそれなりの重量感がある。一時間も振り回し続けるものではないのだ。
「ひとつ残ってるよ」
 圭一郎が冷静に地面を指さす。円筒形の物体が転がっていた。
「空き缶じゃねえの?」
「オブジェだ。ほら」
 圭一郎が軽く蹴って回転させると、トーテムポールの模様が表れた。二年A組に出現したオブジェである。
「ちぇっ」
 征二郎は手に持ったままの剣をオブジェに突き刺す。軽い手応えとともに、オブジェは塵と化して消えていく。
「あ、終わったか」
 声をかけられて振り向くと、貴志が雑誌から目を上げていた。他の生徒会役員も、携帯電話をいじっていたり、互いにしゃべっていたりと思い思いに行動している。二人の妖魔退治を最後まで見守っていた役員は皆無のようだった。校舎の窓からも、覗いている顔はない。
 二人は顔を見合わせる。注目を浴びていたのは最初だけだったらしい。
「まあ、一時間も見てたら飽きるか」
 圭一郎が苦笑する。
「いやあ、思ったより時間がかかったからさ。とにかく片づいてよかった」
 すっかりくつろいだ風の貴志が、それでも何とか取りつくろう。
「これでオブジェ騒動も一段落だな。君たちのおかげ……」
「いや、まだだ」
 圭一郎が鋭い調子で貴志を遮った。
「え?」
「まだ……校内に妖魔の気配が残ってる」
「! どこだ?」
「校舎の向こう……部室の方。征二郎、行くぞ」
 足早に部室へと向かう二人を、貴志たちが追った。

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