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4 当主を継ぐのは

 事態が大きく変わったのは、次の土曜日のことだった。
「宝珠家当主を引退しようと思う」
 一族――とはいっても同じ町内に住み、よく顔を合わせる親戚一同なのだが――を道場に集め、宝珠優が発した一言に、誰もが度肝を抜かれた。
「ど、どうしちゃったんですか、兄さん」
 いくぶんうわずった声で聞き返しているのは、圭一郎と征二郎の父、進である。
「最近、妖魔の数が増えている。力も、前よりもはるかに強い。じき、私の手には負えなくなるだろう」
「だったら余計にまずいじゃないですか。だいたい、誰が次の当主になるっていうんです?」
「やだなあ、進叔父さん」
 突然割って入ってきた声の主の方に、その場にいた全員が顔を向ける。二十歳過ぎの茶髪の青年が、視線に気づいて髪をさらりとかき上げ、にっと笑った。
 優の一人息子、流である。本人としてはさわやかな笑みを浮かべたつもりなのだろうし、そこそこ普通の顔立ちなので、決まっていないこともないのだが、一族が道場にずらりと正座している状況では、どうにも場違いに見えてしまう。
「そんなの、僕に決まってるじゃないですか」
(いや、だからみんな心配してるんじゃないか?)
 圭一郎は心の中でそうつっこむ。
 確かに、次の当主になれるのは流だけなのだ。まがりなりにも宝珠を剣に変え、抜くことができるのだから。
 だが、その能力の程度が問題だった。少なくとも、父親である優を越えるようには見えないというのが、一族の一致した見解だったからである。
 本人がそれを自覚し、修行を積んでいれば、あるいは状況は異なっていたかも知れない。だが流は、当主の一人息子で宝珠をはじめから終わりまで扱うことができるということから、自分が当主を継ぐことを当然のように思ってしまっている。道場にも滅多に顔を出すことはない。
 妖魔に対する力の限界を感じて引退しようとする優の後を流が継ぐ。宝珠家の使命などというものについて大して真剣に考えたことのない圭一郎や征二郎にさえ、その先行きは不安に思えた。
 が。
「いや、そうじゃなくて」
 優がいくぶん遠慮がちに口を開く。一族の当主だというのに、彼は気が弱い。あれこれ気を回しすぎて結局押しの強い人間に流されてしまうこともしばしばだ。今もどこか、自信たっぷりな息子の流に気兼ねしているように見える。
「当主は……圭一郎と征二郎にやってもらいたいんだ」
「は?」
 一同は唖然とする。
 千年近い宝珠家の系譜の中で、当主が二人いたためしはない。優はなにを考えているのか。
「さっきも言ったが、妖魔が強くなっている今、当主に必要なのはまず妖魔を倒す力なんだ。圭一郎も征二郎も一人で宝珠を使えるわけじゃないが、力を合わせれば誰よりも強くなれる」
「それはそうだが、二人っていうのは……」
 伯父たちが話し合う様子を、圭一郎は困惑気味に眺めていた。当主などというものが自分の頭に降りかかってくるとは予想だにしていなかったし、妖魔退治などという面倒な仕事に忙殺されるのもありがたくない話だ。だが、次の当主を決めるのは現在の当主である。自分たちが断われるような問題ではない。
「やりたいか?」
 征二郎が圭一郎の腕をつつき、そうささやく。
「なわけないだろ?」
 周囲に聞こえないように返すと、征二郎もうなずいた。いきなり当主になれと言われて、さして関心のない仕事を押しつけられるのはかなわない。圭一郎はまだ、先月に生徒会長の任期が終わっているので時間の融通もきくが、征二郎には部活がある。それに年が明けて学年が変われば、二人とも受験生だ。妖魔退治などしている場合ではない。
 が。
「ひどいよパパ、どうして僕じゃだめなんだよ」
 流が抗議の声を上げる。自分が当主になるのだと信じていただけに無理からぬ反応だろう。
  だが彼が口をはさむと、一族の会合が家族会議のように見えてしまうのはなぜだろう、と、圭一郎はなんとなく思った。
「妖魔退治ぐらい大したことないじゃん。第一、こいつらにできるわけないよ」
「ずいぶん自信あるんだなあ」
 息子のわけのわからない自信に、優が苦笑する。
「自信もなにも、事実だよ。一人で妖魔を退治できるのは僕だけなんだから。こいつら、どっちが欠けてもダメじゃん。そんなんで当主がつとまるわけないだろ?」
「やってみなきゃわからないぜ、そんなの」
 思わず征二郎がそう返す。圭一郎はあっと思ったが、そのままなりゆきを見守ることにする。
「へえ、できるっての?」
「あたりまえだ。おまえが二人いたって、俺たちにかなうもんか」
「根拠のない自信はよしたら?」
「どっちが!」
 征二郎と流はにらみ合う。
「まあまあ」
  様子を見ていた優が間に入った。
「じゃあ、君たちで勝負して、勝った方が当主、ってことでどうだい?」
「僕はまあ、かまわないけど?」
 余裕たっぷりに髪をかきあげてみせる流の態度は、征二郎の怒りをさらにあおり立てる。
「絶っ対、負けねえ!」
「じゃ、そういうことで、圭一郎もいいね?」
 優が顔をこちらに向ける。
「……はい」
 圭一郎はうなずくしかなかった。

 勝負は妖魔退治となった。最初に流が、次に圭一郎と征二郎が、それぞれ一日ずつ宝珠を預かり、その間に妖魔を発見して退治した方が勝ちとなる。どちらも退治に成功した場合には、妖魔のタイプによって勝敗を決する。
「絶対勝とうな」
 帰り道、気合いの入った征二郎に、圭一郎は冷静なまなざしを向ける。
「おまえな、なに乗せられてるんだよ」
「えっ?」
 夜道を歩きながら、征二郎は首をかしげる。
「やりたくないんじゃなかったのか?」
「……あ」
 もともと二人とも、当主を引き受けるつもりなどなかったのだ。それなのに、流の態度を受け流せなかった征二郎のせいで、当主をめぐって勝負することになってしまった。おかげで、勝てば当主にならざるを得ない。
 圭一郎は続ける。
「奴をうまく乗せれば、当主を勝手に引き受けてくれてたかも知れないのに」
「そんなこと、あの場で言えよ」
「つーか、気付いてくれよな」
 圭一郎はため息混じりにそう言った。負けず嫌いで思ったことを胸に秘めておくことなどできない弟の性格を、彼はよく知っている。あの場で止めても、おそらく無駄だったであろうことも。
「……けどさ、どーすんの? わざと負けるわけ?」
「うーん」
 圭一郎は考え込む。それはそれで悔しいのは事実だ。
 しかも。
「そもそもあいつに妖魔は倒せるのかな」
 低くつぶやいた圭一郎に、征二郎はあっさりと答える。
「無理無理、絶対口だけだって」
「……おまえの単純さが、いっそうらやましいよ」
「なんでだよ」
「流が妖魔を倒せなかったら、僕たちは負けようがないじゃないか」
「あ、そうか」
 二人が妖魔を倒さなかったとしても、流が倒していなければ、勝負はつかない。再勝負となればいいが、優が当主の一存で決めてしまう可能性もある。
 実際のところ、自分たちにせよ流にせよ、妖魔を実際に倒せるのかわからない。妖魔退治の方法を教わり、優の指示のもとで弱い妖魔を倒したことはあったが、すべてを自分たちだけでおこなうのは初めてである。どこに出現するかもわからない妖魔をいち早く察知し、逃がさずに剣で斬る。人に危害を加える妖魔であれば、当然のように危険がつきまとう仕事だ。
 あえてやりたいことではない。だが、流にできるとも思わないし、勝負に負けるのもしゃくにさわる。どうすればいいのか、圭一郎には判断がつかない。
「とりあえず、お手並み拝見、ってとこかな。後攻でよかったよ」
 圭一郎はそうつぶやいた。

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